【山形県】日本遺産・日本農業遺産に認定された「最上紅花」
目次
『紅花(べにばな/safflower)』は古来“紅(べに/赤色)”や“黄”を染める原料として栽培されてきました。
また、種子からは油脂(紅花油/べにばなゆ/サフラワーオイル)が取れます。日本で栽培されている『紅花』は主に染料として利用されていますが、世界的に見れば圧倒的にサフラワーオイルの原料として栽培されています。日本のサフラワーオイルも、ほとんどがアメリカからの輸入です。
紅花の原産地は不明ですが、起源前2,500年ほどのエジプトのミイラが着ていた衣に紅花の色素が認められています。日本には中央アジアから中国を経て伝来したと考えられていて、3世頃の纏向遺跡(まきむくいせき/奈良県桜井市)や6世紀頃の藤ノ木古墳(奈良県斑鳩町[いかるがちょう])から紅花の花粉や顔料らしきものが発見されています。
紅花は、中央アジアなど比較的温かく乾燥したエリアに多く植えられているので、高温には強く日本でもはじめは南日本から関東にかけて広く栽培されていました。山形県では室町時代から栽培が始まったといわれ、冬を避ける栽培方法などが確立してくる戦国時代半ば頃からは山形県の最上川(もがみがわ)流域エリア(以後最上エリア/現在の最上地方、村山地方、置賜地方[おきたま]地方の一部エリア)が我が国の代表的な産地になります。
最上川が結んだ京都・大阪との太いつながり
『紅花』から得られる紅色の染料は京都の西陣織をはじめ、化粧品に使う紅(べに)として欠かせないものです。江戸時代になってからは、最上エリアの紅花から作られる染料が最高品質であることが認められ、「最上紅花」という今でいうブランド品としてもてはやされました。
どうして山形県最上エリア産の紅花が京都や大阪で流通したのでしょう。
それにはいくつかの要因があります。第1に近江商人(おうみしょうにん)の存在です。近江商人とは琵琶湖東岸の近江地方を本拠にして全国各地をまわって商材集め、京都や大阪に持ち込んでくる商人で、日本海側を北前船(きたまえぶね)で行き来して東北地方や北海道からさまざまな商品を持ち帰っていました。
北前船の立ち寄る港に酒田(山形県酒田市)があるのですが、そこは最上川の河口に位置しています。最上川の中流部に紅花の栽培地が広がり、紅花は酒田を経由して関西方面に運ばれました。
最上地方を治めていた山形藩は、酒田に来航していた近江商人を山形城のある山形まで誘致し土地を与えて優遇しました。「最上紅花」は最上川がなかったら最上エリアに繁栄をもたらすことはなかったのかもしれません。
地元の産業として紅花栽培を奨励した山寺
もうひとつ「最上紅花」が隆盛を極めたのには、“山寺“の存在があげられます。“山寺”こと『宝珠山立石寺(りっしゃくじ)』は、860年に慈覚大師円仁(じかくだいしえんにん)が開いた古刹ですが、近江商人にとって、崇拝する比叡山延暦寺(ひえいざんえんりゃくじ)と同じ天台宗のお寺でした。近江商人たちは『立石寺』の門前町でもあった山形に店を構えることには抵抗がなったのです。
『立石寺』も、山形藩とともに多くの門徒や周辺の人々の生活を支えるため『紅花』の栽培を奨励しました。江戸時代後期には全国生産量の約半分を最上エリアが占めていたといわれています。しかも紅花から作り出す紅の品質がすばらしく良いため価格が高騰し、“米の百倍、金の十倍”といわれるほど高価なものでした。
近江商人やそれに携わる山形の商人や紅花から紅を取り出す農家までも大儲けし、江戸時代末期まで“紅花バブル”は続いたのです。
「山寺と紅花」は“山寺が支えた紅花文化”として日本遺産に認定されています。
宝珠山立石寺<Information>
- 施設名称:宝珠山立石寺(山寺)
- 住所:山形県山形市山寺4,456-1
- 電話番号:023-695-2843
- 入山料:おとな 300円、中学生 200円、こども(4歳以上) 100円
- 入山時間:4/1~10/31/8:00~16:00・11/1~11/30/8:00~15:30・12/1~3/31/8:00~15:00
- URL:立石寺
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純度の高い紅を生み出した最上地方が生んだ伝統技術「紅餅」
『紅花』の赤い染料は花を摘んで抽出します。紅花には赤い色素(カルタミン)と黄色い色素(サフラワーイエロー/サフロミン)が含まれていて、「最上紅花」ではその中から赤色色素だけが使われます。『紅花』に含まれる赤色色素は1%位しかないので、抽出には多くの手間と時間がかかります。
『紅花』の赤色色素の取り出し方は
- 摘んだ花を水洗いする
- 軽く絞って密閉袋に入れ一昼夜おき、それを取り出してすりつぶす
- すりつぶしたものを絞って丸餅状にして7~10日日陰で干し、“紅餅(べにもち)”を作る
- 紅餅を木綿の袋に入れて一昼夜水出しをする
- 水に黄色色素が溶け出て黄色になるので、袋を絞ってきれいな水に入れ替えて5時間ほどひたす。5時間たったら袋を揉んでまたきれいな水に入れる
- これを1日3回、1週間ほど繰り返し水が透明になったらこの工程は終了
- 黄色色素を完全に除去した紅餅を乾燥させ、アルカリ性の灰汁(あく)に溶かし、さらに酸性の梅酢を加えて沈殿させて、紅が完成
最上地方の紅花に感動し、景色に魅了された松尾芭蕉
松尾芭蕉は鳴子温泉(なるこおんせん/宮城県大崎市)から国境近くにある尿前の関(しとまえのせき)を抜け、出羽国(でわのくに/山形県)に入ります。
天童市下荻野戸では紅花の見事な花畑を見て
“まゆはきを俤(おもかげ)にして紅粉(べに)の花”
(紅の花を見ていると、女性が化粧に使う眉掃きを想像させるあでやかさを感じる)
との句を残しています。
その後山寺へ向かい静まりかえった美しい景色の中でセミの声が響き
”閑(しずか)さや 岩にしみ入(い)る 蝉(せみ)の声”
と詠い、最上川の川下りをしようと、港のある大石田(おおいしだ/大石田町)に向かい、梅雨時で水量の多い最上川下りを楽しんだのです。
“五月雨をあつめて早し最上川”
この頃の様子は「山形美術館」に所蔵されている1779年に与謝蕪村(1716年~1783年)によって描かれた「奥の細道図屏風」(国の重要文化財/指定名「紙本淡彩奥の細道図〈与謝蕪村筆/安永八年の年記がある 6曲屏風〉」)や紅花作りの様子を描いた2つ(2隻/せき)の横山華山(1784年~1837年)作「紅花屏風」(山形県指定有形文化財)などで見ることができます。
「山形美術館」は、1964年に開館した日本および東洋美術、郷土関係美術、フランス美術を中心に調査・研究・作品収集し収蔵・展示をしている私立美術館です。
山形美術館<Information>
- 施設名称:山形美術館
- 住所:山形県山形市大手町1-63
- 電話番号:023-622-3090
- 開館時間:10:00~17:00(入館は16:30まで)
- 休館日:月曜日、12月28日~1月3日
- 入館料:一般 800円、高校大学生 400円、小中学生 200円
- URL:山形美術館
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紅花豪農の館・旧柏倉家住宅・旧安部家住宅と屋敷
「旧柏倉家住宅」「旧安部家住宅と屋敷」とも豪農の館です。
「旧柏倉家住宅」(中山町)は、紅花栽培が盛んな村山地方を代表する地主柏倉家の本家住宅で、敷地面積は約7,600㎡(2,300坪)、建物は母屋、蔵3棟など約1,412㎡(427坪)あります。一番古い仏蔵は1770年(明和7年)築で、ほかは明治初期から末期にかけて建てられています。国の重要文化財。
旧柏倉家住宅<Information>
- 施設名称:旧柏倉家住宅
- 住所:山形県東村山郡中山町大字岡8
- 電話番号:023-687-1778
- 開館日:土曜日・日曜日・祝休日
- 開館時間:10:00~16:00(最終入館:15:30)
- 休館日:月~金、冬季(12月~2月)
- 入館料:一般 500円(中学生以下無料)
- URL:旧柏倉家住宅
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「旧安部家住宅と屋敷」(河北町)は、江戸時代末期に建てられた住宅で、紅花や稲作で潤った豪農屋敷の姿をほぼそのまま残している貴重な建物です。河北町指定有形文化財。
旧安部家住宅と屋敷<Information>
- 施設名称:旧安部家住宅と屋敷(豪農の屋形・安倍権内家)
- 住所:山形県西村山郡河北町谷地己889
- 電話番号:0237-72-3613(安倍権内家保存会)
- 開館日:期間限定公開(要問い合わせ)
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豪商の敷地建物を利用した「河北町紅花資料館(旧堀米四郎兵衛家)」
「河北町紅花資料館(旧堀米四郎兵衛家)」は、紅花栽培の盛んな河北町でも屈指の豪商だった堀米四郎兵衛家の屋敷を利用した資料館。座敷蔵や武者蔵、御朱印蔵などは江戸時代中期から後期にかけて建てられたものです。建物内には豪商らしい豪華な調度品などが展示されています。広い敷地には紅花が植えられ、散策路が整備されていて、新たに建てられた「紅の館」では、紅花で染められた着物や京都から取り寄せた雛人形などを見ることができます。紅花染め体験もできます。
河北町紅花資料館<Information>
- 施設名称:河北町紅花資料館
- 住所:山形県西村山郡河北町谷地戊1143
- 電話番号:0237-73-3500
- 開館時間:3月~10月/9:00~17:00 11月~2月/9:00~16:00
- 休館日:第2木曜日(祝日の場合は翌日)、12月29日~1月3日
- 入館料:おとな 400円、高校生 150円、小中学生 70円
- 紅花染め体験:1,600円~(入館料込み)
- URL:河北町紅花資料館
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山形市の観光拠点は旧紅花商人宅「山形まるごと館 紅の蔵(旧長谷川家)」
「山形まるごと館 紅の蔵(旧長谷川家)」(山形市)は、古い蔵が建ち並ぶ十日町通り沿いにある観光拠点で、建物は山形藩の紅花商人だった長谷川家の蔵と母屋です。江戸時代の建物は1894年(明治27年)に起きた大火災で焼け落ちてしまい、1901年(明治34年)に再建されました。現在蔵がレストラン、母屋・座敷蔵がそば処、その他の蔵は観光案内所・お土産店などになっています。
山形まるごと館 紅の蔵<Information>
- 施設名称:山形まるごと館 紅の蔵
- 住所:山形県山形市十日町2-1-8
- 電話番号:023-679-5101
- 営業時間:10:00~18:00(各店舗・季節により変更あり)
- 休館日:1月1日~3日(各店舗により変更あり)
- URL:山形まるごと館 紅の蔵
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明治時代以降は衰退してしまった「最上紅花」
「最上紅花」は江戸時代には大いにもてはやされ、豪商、豪農を多く生み出しましたが、明治時代色初期に安い代替え染料が輸入されると急速にその勢いは衰えていきます。さらに化学染料が追い打ちをかけ、ほとんど生産されなくなってしまいました。
その後は細々と受け継がれてきた紅花栽培ですが、ようやく第2次世界大戦後に復活の方向へ動き出します。昭和40年代には大手化粧品メーカーが「最上紅花」の魅力に注目し、メーカーとの契約が結ばれ再び栽培面積は拡大しました。しかし、それも長続きせず化粧品メーカーが契約栽培を打ち切ると再び生産量は減り、現在は一部の本物志向の染物業者や草木染めの愛好者の需要に応じるだけの生産になっています。
日本農業遺産に認定された紅花栽培と染料作りの伝統技術
それでも紅花生産量は山形県が日本一であり、村山地方では広く紅花の咲く風景が広がっています。450年の長きにわたって培われた紅花染料作りの技術は、日本の農業技術として貴重なものであり、それを絶えさせる訳にはいきません。この「歴史と伝統がつなぐ山形の『最上紅花』」は日本農業遺産として認定され保護に向けて動き出しています。
日本農業遺産「歴史と伝統がつなぐ山形の最上紅花」
- 電話番号:.023-630-2221
- 構成自治体:山形県、山形市、米沢市、酒田市、天童市、山辺町、中山町、河北町、白鷹町
- URL:日本農業山「最上紅花」