バスは一日一度来る

『俺ら東京さ行ぐだ』の「バスは一日一度来る」は事実なのか情報収集してみた

吉幾三さんが歌ってヒットした曲『俺ら東京さ行ぐだ』には「バスは一日一度来る」という表現が登場します。そこで、1日に1回しか来ないバスなどというものが実際に存在するのか・したのかについて、情報を収集してみました。


『俺ら東京さ行ぐだ』とは?

『俺ら東京さ行ぐだ』は、シンガーソングライターの吉幾三(よし いくぞう)さんが、1984年11月25日に発表した楽曲です。曲を収録したレコードの売上は35.1万枚にのぼり、週間ランキングで最高4位、1985年度年間21位のヒットとなりました。邦楽史上初の、ヒットしたラップソングともいわれています。

(以下のミュージックビデオには、現在の社会通念上は若干不適切ととられかねない表現が登場します。視聴の際にはご注意ください)

歌の中では、テレビもラジオも電話もガスもないという田舎に嫌気がさして、東京に出ていきたい若者が描かれています。しかし、若者が東京に行ってやりたいことはというと……

  • 牛を飼う
  • 馬車を引く
  • 銀座で山を買う

ちょっとピントがずれています。

曲の発売当初は「テレビも無(ね)ェ ラジオも無ェ」といった歌詞に対して、吉さんの出身地である青森県北津軽郡金木町(かなぎまち)(現:五所川原市)から「うちはそんなに田舎じゃない」と猛抗議を受けたのみならず、日本中の小さな農村からも「あまりにもバカにしている」などという旨の大量のクレームが届いたといいます。

しかし、吉さんがこういった抗議に対して「子どもの頃にはなかった」と反論したこともあったとのことです。歌詞は、吉さんが幼少期を過ごした1950年代から1960年代の金木町での生活をイメージしたもののようです。特に、中学校を卒業して上京した1968年春の時点のイメージが強いと思われます。

吉さんが故郷をどのように思っているのかはさておき、五所川原市には「吉幾三コレクションミュージアム」があって、吉さんの歴史を振り返ることができます。

さて、歌詞の内容がどの程度事実なのかということについては、既に先駆者の方が書いた記事で、大部分は答えが出ています。

車がそれほど走っていないのも、信号やガスがないのも、バーや喫茶店や薬屋がないのも事実だったようです。テレビやラジオのように、既に金木町にはあったものの、吉さんの家にはなかったと考えられるものもあるようです。

「多くの家には電話がなかったので、よそに電話を借りに行くことが多かった」という話を読むと、個人的には映画『となりのトトロ』で、サツキが「(家に)電話がないの」と言って、近所の家の電話機を借りているシーンが思い起こされます。一方、電気や新聞、映画がないというのはさすがにオーバーな表現だとのこと。

レトロな壁掛け電話機

吉幾三コレクションミュージアム<Information>

  • 名  称:吉幾三コレクションミュージアム
  • 住  所:〒037-0063 青森県五所川原市大町509-3
  • 電話番号:0173-26-6686
  • 営業時刻:9:30~17:00
  • 公式URL:吉幾三コレクションミュージアム

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金木町のバスは1日何度?

さて、本当に1960年代当時の金木町にバスは1日1回しか来なかったのでしょうか?

先ほどの記事では、バスについて、はっきりとこのように書かれています。

「一日一度っていうことはなかったはず。午前2本、午後2本などだったのでは。ちなみに今も1日3度くらい。ただ、当時の金木町よりもっと田舎のところはあったので、そこではバスが1日1度というのもあったと思う」

金木町のバスが1日1度ということはなかったけれども少ないし、もっと田舎であれば1日1度ということも本当にあったかもしれないとのことです。

ここで1967年10月の交通公社の時刻表(現:JTB時刻表)を見てみます。

時刻表を見ると、弘南バスが運行していた「五所川原駅~中里(中泊町)~小泊(中泊町)」を結ぶ路線バスが1日4往復運行されていたことがわかります。ただし記事の内容とは微妙に異なり、五所川原駅発のバスが午前1本、午後3本、小泊発のバスが午前3本、午後1本でした。五所川原駅方面に通勤・通学する人の利便性を考えて運行時刻が設定されていたのでしょう。

先ほどの記事で言及されている金木町のバスというのがこの路線なのか定かではありませんが「一日一度っていうことはなかったはず」という証言の信ぴょう性を高めるのには十分でしょう。

この弘南バスの路線は、五所川原~小泊線として現在も運行されており、2026年3月時点では五所川原営業所始発のバスは午前2本、午後4本(他、途中の停留所が始発のバスが2本)、小泊案内所発は午前4本、午後2本の、1日6往復体制(平日の場合)となっています。

弘南バス
五所川原駅に到着する弘南バスの車両

ところで、(旧)金木町には津軽鉄道という鉄道(津軽五所川原駅~津軽中里駅)も通っています。1967年10月当時は1日18往復もの列車が運行されていました。2026年3月現在はだいぶ本数が減っていますが、それでも金木駅を出発する列車が、上下共に1日10本設定されています。公共交通機関の運行頻度が金木町よりも低い所は全国各地に存在することでしょう。

津軽鉄道金木駅と列車
津軽鉄道の金木駅と列車

というわけで、引き続き時刻表で1967年当時の全国のバス路線を見てみました。1日2往復や3往復という極端に本数が少ない路線は散見されるものの、さすがに1日1往復という路線はほぼなかったようです。

とはいえ、東北地方の十和田湖から陸中海岸までを結ぶ国鉄バスの路線が1日1往復しかなかったなど、皆無ではなかったこともわかりました。全国区の時刻表にすら掲載されているのですから、よりローカルなバス路線には1日1往復の路線がさらに存在したと考えるのが自然でしょう。


近年も存在した1日1往復のバス

1日1度来るバス(今さらですが1日上下1本ずつの1往復という意味だとします)は、実在はしたものの、その一方で、どんなに田舎であってもまれな存在だったということもわかります。なぜかといえば、そもそも1日1度のバスは実用的ではないからでしょう。

例えば、朝のラッシュ時間帯にA停留所からB停留所まで行って、そのままA停留所に戻っていく形で1日1往復だけバスが運行されている路線があるとします。朝のバスで移動した人たちは、その日の内に帰ってこられません。帰りはタクシーを使うなり、家族の運転する車で迎えに来てもらうなりする必要があります。

かといって、朝にA停留所からB停留所まで行って、夕方にB停留所からA停留所に戻るという形だと、Bの町に住む人は朝にバスを利用できないし、仮に夕方のバスに乗って移動しても帰りのバスがないことになります(通勤通学する人がAからBへの方向ばかりであれば大きな問題はありませんが)。

そういうことですから、バスは1日に2往復以上は必要になることがほとんどでしょう。

……建前上はその通りのはずなのですが、SNSで「バスは一日一度来る」を検索すると、様々な「1日1本しか書かれていないバス停の時刻表」を見つけることができます。

そして、筆者が暮らす町にも、以前は「1日1往復のバス路線」が存在しました。A駅を平日と土曜の朝8時台に出発して、終点のB駅ですぐに折り返してA駅に戻るという、片道しか乗れないタイプの路線でした。特にB駅の停留所については「バスは一日一度来る」状態だったということになります。

しかし、では沿線住民が不便を被っていたのかというと、そんなことは全くありません。このバス会社(イ社とします)の路線と同じ経路で、別のバス会社(ロ社とします)が1時間あたり1~3往復程度バスを運行しているからです。

つまり「バスは一日一度来る」ではなく「イ社のバスは一日一度来る」だったのです。

これは完全に推測ですが、以前はイ社もそれなりの本数を運行して、ロ社と競合していたのでしょう。イ社は何らかの理由でこの路線からほぼ手を引いたものの、路線の免許は維持しておくために、利用者が最も見込める朝に1往復だけ運行していたものと思われます。一度廃止してしまうと、後で復活させたくなったときに、行政上の手続きといった手間や、バス停再設置のコストなどがかかるからです。

こういった免許維持が目的で存続している(していた)と思われる路線は全国に存在し、中には土曜日のみ1往復という路線もあれば、なんと1年に片道1本のみという路線もあります。

しかし、免許維持のために最低限の本数のバスを運行させていたというイ社の状況を変えたのが、いわゆる働き方改革に伴う2024年問題です。バス乗務員の1日の休息時間や拘束時間の上限等が改正されるために、運行の継続が難しくなったことから、2024年3月限りでイ社のA駅とB駅を結ぶ路線は廃止されました。イ社はその後も、免許維持が目的と思われていた、本数が極端に少ない路線を廃止しています。

筆者は娘たちを車で保育園に送るときにB駅行きのイ社のバスとすれ違い、その後保育園から職場に行くときにA駅に戻るバスとすれ違っていました。車内にいた乗客の人数は、ロ社のバスと比べても特に見劣りしていなかったと思います。イ社が運行するバスは1日1往復でも、路線自体に需要がなかったわけではないのです。どの場所でイ社のバスとすれ違うかがちょっとした楽しみだったので、廃止が発表された時は残念でした。


バスが1日1往復しか走らない地域はあるのか?

とはいえ、今述べたような、バスがごく普通の頻度で走っている町の中で、1日1往復だけ免許の維持のために走っているバスがあるという状況は「バスは一日一度来る」という歌詞の意図するものとは異なるでしょう。

別の会社のバスも走っていない、真の意味で1日1往復しかない、言い換えると「バスが1日1往復しか通らない地域」というものはないのでしょうか?

かつては北海道の夕鉄バスが江別市(札幌市に隣接する、人口12万人弱の市)で運行していた「江別線」が有名だったようです。江別線は土日祝日のみの運行で、しかも片道1本のみという少なさでした。やはり晩年は免許維持のためだけに運行していたと推測されます。江別線が経由するバス停の中には江別線以外の路線バスは経由しないものもあり、これらのバス停は正真正銘の「バスは一日一度来る」(しかも休日だけ)状態だったのです。

江別線は乗客が極端に少ないことと、乗務員不足の問題があったことから、2019年9月限りで廃止されてしまいました。


秋田中央交通 五城目線

そして、東北地方には最近1日1往復に減便されたばかりの路線があります。秋田中央交通が運行する「五城目(ごじょうめ)線」です。

秋田中央交通のバス
秋田中央交通のバス

五城目線は、秋田市にある秋田駅西口と、南秋田郡五城目町にある五城目バスターミナルの間で運行されています。2026年3月までは、平日は1日4往復、土日祝日は朝夕に2往復運行されていました。

しかし、4月1日より平日は秋田駅から五城目までを昼間に1往復、休日は五城目から秋田駅までを朝に1往復へと減便されました。平日・休日共に1日1度来るバスになってしまったのです。

当然のことながら、平日・休日共に、バスで往復するならば行き先で滞在できる時間が短い、またはそもそも帰りのバスがないという問題が生じます。

路線バスは田舎どころか都市部でも経営や本数の維持が難しくなっているところが増えていると聞きます。今後五城目線のようなケースが増えていく可能性は、当然あると考えられます。


おわりに

『俺ら東京さ行ぐだ』の「バスは一日一度来る」は、吉幾三さんが育った頃の金木町に限って言及するならば若干オーバーな表現だったといえます。しかし、金木町以外の地域に目を向けると、1日1往復またはそれ未満の本数しかないバス路線は当時だけでなく、近年も存在しています。

そしてそのような路線は便利ではなかったり、バス会社にとっての足かせになったりしたために、廃止されてしまいがちです。これからの人口減少に伴う乗客の減少や乗務員不足によって「バスは一日一度来る」ならまだマシで「バスも無ェ」のが当たり前の世の中に……将来そうならないことを願うばかりです。


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