太宰治 文学サロン

JR三鷹駅前は、太宰治の仕事場があった場所です。井の頭公園に近い自宅から、お弁当と原稿用紙、辞書。筆記用具を風呂敷に包んで、太宰は毎日のように、三鷹駅前に通っていました。そんな太宰ゆかりのスポットを散策してみましょう。

今も当時のまま残る、太宰治ゆかりの陸橋

陸橋

三鷹駅南口から線路沿いに、立川方面に5分ほど歩いた場所に陸橋があります。三鷹電車跨線橋です。昭和4年(1929)に竣工し、今も当時のまま残っています。この陸橋は太宰のお気に入りのスポットで、子どもを連れて電車を見に来たこともあったそうです。

 

陸橋前の案内板

陸橋の手前にある案内板です。写真は、昭和23年(1948)3月に、太宰がカメラマンの田村茂を案内して撮ってもらったものです。この3ケ月後の6月13日に、太宰は山崎富栄と、三鷹駅前の玉川上水で入水します。ちなみに、この近くに太宰は秘密の仕事場を借りて、そこで「斜陽」の後半を執筆していたそうです。

 

陸橋からの眺め

案内板の写真の他に、陸橋の上で撮影した写真も残されています。三鷹の街は、太宰の生きていた頃と、すっかり景色が変わってしまいましたが、ここだけは当時の雰囲気を今も伝えてくれています。

 

INFORMATION

名称 三鷹電車跨線橋
所在地 東京都三鷹市上連雀2-21
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太宰治の仕事場と、山崎富栄の下宿

玉川上水

写真は玉川上水です。三鷹駅南口ロータリーの吉祥寺寄りを流れています。かつては荒々しい流れで、水量の多い川でした。ちょうど、写真のあたりで太宰治と山崎冨栄は入水自殺したと言われています。実は、ここは、太宰治の仕事場と、山崎富栄の下宿から徒歩2分の距離なのです。

 

本町通り

入水自殺の場所と言われる玉川上水を背にしてみました。正面の通りは、本町通りです。通りに入ってすぐ右手に、太宰が借りていた仕事場がありました。そして、山崎富栄の下宿は、その斜め向かいだったのです。

 

「小料理屋 千草」の跡

「小料理屋 千草」の跡

写真左手に、記念碑があります。太宰が、昭和22年(1947)7月から2階の6畳間を借りていた「小料理屋 千草」の跡です。太宰は、朝、自宅から原稿用紙、辞書、筆記用具、お弁当を風呂敷に包んで出勤して、夕方5時頃まで机に向かったのです。太宰の担当編集者、友人たちは、仕事が終わって2階から下りてくるのを、1階でお酒を飲みながら待っていました。お客のほとんどは太宰の関係者でした。「千草」は、いわば、太宰を主役としたサロンだったのです。太宰の好物の1つが湯豆腐で、ここでもお酒のつまみに必ず一丁は食べていました。

 

INFORMATION

名称 小料理屋千草跡
所在地 東京都三鷹市下連雀3-24-3
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山崎富栄の下宿跡

山崎富栄の下宿跡

山崎富栄の下宿跡です。2階に彼女は住んでいました。彼女は近くの美容室で働く美容師でした。元々は美容学校を経営する一家に生まれ、学校の再建のために働いていたのです。彼女の亡きお兄さんが、太宰と同じ高校だったことから、2人は親しくなっていきます。「千草」の2階を仕事場としていた太宰ですが、彼女と距離が縮まるうちに、こちらで仕事をするようになります。そして、昭和23年(1968)6月13日の夜。太宰は山崎富栄とともに、ここに遺書を残して、徒歩2分の玉川上水で入水自殺を遂げます。「人間失格」の連載第1回が掲載されてすぐのことでした。遺体は6月19日に明星学園の近くの新橋で見つかります。その日は太宰の39歳の誕生日でした。その後、三鷹の禅林寺にお墓が作られ、以来、6月19日は「桜桃忌」と呼ばれて、太宰のファンが集まっています。

 

INFORMATION

名称 野川家跡
所在地 東京都三鷹市下連雀3-15-15 イル・デ・パン!F
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太宰のすべてがわかる!? 太宰治文学サロン

文学サロンへの道

本町通りをさらに進んでいくと、電柱に「太宰治文学サロン」の案内板があります。徒歩3分ほどの距離です。

 

太宰治 文学サロン

太宰治文学サロンは、平成20年(2008)に開館しました。太宰が生きていた頃、ここには太宰夫婦がお世話になっていた酒屋さん「伊勢元酒店」が建っていました。こちらもまた、太宰ゆかりの場所なのです。では、中に入りましょう。

 

太宰が暮らしていた頃の三鷹の地図

左手のパネルが、太宰が暮らしていた頃の三鷹の地図です。太宰に関係したスポットの詳しい解説もあります。右手のパネルは、太宰をめぐる人間関係を解説しています。また、ガラスケースに収容されて展示されているのは、太宰が使っていた火鉢です。

 

文学サロンの館内

館内には、太宰の足跡を記した年表や、三鷹での日常を写した写真、太宰にまつわるさまざまな物が展示されています。また、左手のグッズが並んでいるカウンター、それとスツールですが、太宰が通っていた銀座のバー「ルパン」のイメージで作られました。

 

文学サロンの館内

中央あるパネルが、銀座のバー「ルパン」のスツールに腰かけている太宰です。その左側には太宰についての記された雑誌や書籍が並んでいます。棚の右側と、カウンターには、太宰文学サロンのオリジナルグッズが並んでいます。グッズにはTシャツ、ポスカトカード、一筆箋などがあります。

 

INFORMATION

名称 太宰治文学サロン
所在地 東京都三鷹市下連雀3-16-14 グランジャルダン三鷹1F
電話番号 0422-26-9150
公式URL http://mitaka-sportsandculture.or.jp/dazai/
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今も残る、太宰旧宅の「百日紅の木」

百日紅

写真の中央にある木が、かつて太宰治の家の庭にあった「百日紅」の木です。今は三鷹市の施設「井心亭」の庭に移されています。実は、太宰の家は、通りをはさんだ向かいに建っていました。昭和14年(1939)9月1日から、妻・美知子と住み始めたのです。家は平屋で、6畳・4畳半・3畳・縁側・台所という造りでした。「走れメロス」「津軽」「饗応夫人」などの作品は、そこで書かれました。こちらは、静かな住宅地で道路が狭く、車もよく通りますので、散策の際はお気をつけください。太宰は自宅に来客があると、徒歩15分ほどの井の頭公園に案内していたそうです。

 

INFORMATION

名称 井心亭
所在地 東京都三鷹市下連雀3-24-3
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いかがでしたか?

三鷹駅前の、太宰治ゆかりのスポットをいくつか紹介しました。他にも太宰治ゆかりのスポットは、駅前にいくつもあります。ぜひ、訪ねてみてください。特に太宰治文学サロンでは、太宰の短編小説の朗読会が定期的に行われていますので、おすすめです。