
青森県の旧石器時代はどんな時代!? 縄文時代との関連は?-青森県の遺跡 旧石器時代の遺跡①
目次
青森県は、2026年冬の豪雪により甚大な被害が出ました。冬の平均気温は昼間でも2℃前後と厳しい寒さです。
今から6000年前の縄文時代は、厳冬期でも平均気温で2℃前後、昼間は5~6℃だったと推定されていて、これは現在の宮城県仙台市や新潟県新潟市の平均気温に相当します。縄文時代は、最終氷河期が終息し気温が上昇した時代で、冬で5~6℃というのは、縄文時代でも最も高い気温の時期のものですが、青森県が今よりずっと暮らしやすかったことを物語っています。7月は平均気温で24~26℃と、やはり今より3℃くらい高かったようです。
青森県では8つの遺跡がユネスコ世界文化遺産に登録

縄文時代を中心とした北日本の遺跡は、世界でも注目されていて、青森県の8遺跡は、北海道の6遺跡、岩手県の1遺跡、秋田県の2遺跡とともにユネスコ世界文化遺産『北海道・北東北の縄文遺跡群』として登録されました。
北海道・北東北の縄文遺跡群構成資産
- 北海道
- 垣ノ島(かきのしま)遺跡、北黄金(きたこがね)貝塚、大船(おおふね)遺跡、入江(いりえ)貝塚、高砂(たかさご)貝塚、キウス周堤墓(しゅうていぼ)群、鷲ノ木(わしのき)遺跡(北海道・北東北の縄文遺跡群関連資産)
- 青森県
- 大平山元(おおだいやまもと)遺跡、田小屋野(たごやの)貝塚、三内丸山(さんないまるやま)遺跡、二ツ森(ふたつもり)貝塚、小牧野(おまきの)遺跡、大森勝山(おおもりかつやま)遺跡、亀ヶ岡(かめがおか)石器時代遺跡、是川(これかわ)石器時代遺跡、長七谷地(ちょうしちやち)貝塚(北海道・北東北の縄文遺跡群関連資産)
- 岩手県
- 御所野(ごしょの)遺跡
- 秋田県
- 伊勢堂岱(いせどうたい)遺跡、大湯環状列石(おおゆかんじょうれっせき)

青森県には世界遺産に登録された以外にも、旧石器時代から平安時代にかけての遺跡が数多く発見されています。その数は4,893か所あり、その中で縄文時代遺跡は3,581か所にもなります(2023年4月現在 青森県教育庁)。
[遺跡]の定義は、ヒトの活動が見られる跡
縄文時代の遺跡に進む前に、それ以前の遺跡に関して最新の資料や学説を踏まえて、整理してみようと思います。
※本稿では2026年2月までの調査結果や年代をもとにしていますが、遺跡調査の結果や遺物の年代測定は日々更新されているため、記事と最新の研究発表が違っている場合もありますのでご了承ください。
※本稿の主な参考資料
青森県史、青森県立郷土館、国立歴史民俗博物館、群馬県立自然史博物館。遺跡の管理施設、関連自治体の資料および施設への取材(青森県の場合)、NATIONAL GEOGRAPHIC(海外の場合)、慶應義塾大学文学部民族学考古学研究室(尻労安部洞窟に関する調査)、総合研究大学院大学、国土交通省、報道発表記事などです。

まずは[遺跡](SiteまたはArchaeological Site)の定義を確認しておきます。[遺跡]とは人類の祖先が使った道具が見つかった場所です。道具はいろいろあるのですが、一番始めに使った道具が[石器]で、従って旧石器時代からが遺跡の対象となります。動物や魚類などの化石が見つかっても、人類が使用した道具が見つからなければ[遺跡]ではありません。その場合は化石産地(単に産地)と呼ぶことが多くなっています。
世界最古の遺跡はケニアの約330年前のロメクウィ遺跡
類人猿の歴史からみると、世界で最も古い遺跡は、アフリカのケニア北西部、トゥルカナ湖西岸にある「ロメクウィ3(Lomekwi 3)遺跡」で、2011年に出土した石器が年代測定の結果、約330万年前のものと特定されました。石器を製作していた猿人が、ヒト(ホモサピエンス)の出現(約30万年前)より300万年も前にいた、という驚愕の事実が明らかになったのです。この330万年前が旧石器時代の始まりとされています。
ヒトの遺跡としては、モロッコ(アフリカ)にある「ジェベル・イルード(Jebel Irhoud)遺跡」から出土した石器や頭蓋骨破片が、2017年に約31万年前のものと発表され、これが世界最古のヒトが生活していた遺跡となっています。
青森県の氷河期は、津軽海峡を歩いて渡れた!?
北半球の旧石器時代は、約330万年前から1万1700年ほど前まで続きます。その頃の地球は氷河期にあたり、その間に寒暖を繰り返していました。氷河期は約29億年前から現在まで断続的に起きていた気候で、およそ11万数千年前からは、現在からみて最後の氷河期(最終氷河期/Last Glacial Period)に突入し、それは現在も続いていると考えられています(現在は約11万7000年前から始まった氷期の間氷期(暖かい期間)にあたるらしいです)。
最終氷河期で最も寒かったのは約7万前から始まった最終氷期極大期(LGM: Last Glacial Maximum)で、そのピークは2万年前位で、中部以北のヨーロッパや北アメリカなど緯度の高い地域は氷に覆われ、水が氷になってしまったため、海水面が現在より120メートルほど低くなっていました。青森県などの本州北部では気温が今より10℃ほど低く、大陸との距離が短くなって、海も浅くなっていました。日本海は氷に覆われていたとも考えられています。
青森県と北海道も今は140メートルほどある津軽海峡の水深が、最深部で20メートルくらいだったと推定されています。氷結していた時代もあったのではないかとも考えられていて、一部氷の橋(氷橋)でつながっていたようです。陸奥湾は現在でも最深部で約60メートルと浅く、氷河期には陸地化していました。しかし、青森県を含む本州以南は黒潮(暖流)などの影響で、平地が氷に覆われることはなかったといわれています。
旧石器時代・新石器時代は世界で統一された名称。縄文時代・弥生時代などは日本独自の時代分け

1万1700年前頃から地球はどんどん暖かくなります。この時期が世界的には旧石器時代の終わりと定義されています。旧石器時代は、岩石をたたいたり、ぶつけたりして鋭利なものとして使用していたのですが、ヒトは知恵を発揮して、石を手で研磨する方法を考え出します。それが次の時代(新石器時代)の幕開きです。
旧石器時代(Paleolithic)、新石器時代(Neolithic)を定義したのはイギリスの考古学者ジョン・ラボック(John Lubbock/1834年~1913年)で、1865年のことでした。
旧石器時代:Paleolithic(パレオリシック)はギリシャ語のPaleos=古い lithos=石 の合成語で[石を打ち欠いて作った「打製石器」を使用していた時代]を意味しています。期間的には330万年前~1万1700年前で、ちょうど最終の氷河時代にあたります。この間にヨーロッパや北米の遺跡から土器は見つかっていません。
日本でも旧石器時代と使う場合は、この年代のことを指します。しかし、1999年(平成11年)に青森県の「大平山元遺跡」(おおだいやまもといせき/外ヶ浜町/世界文化遺産・国指定重要文化財・国指定史跡)から発見された土器が、約1万6500年前に作られたということが判明したため、[縄文時代]は、旧石器時代の終焉(約1万7000年前)から5000年も早く始まっていたことが分かったのです。

縄文時代遺跡と旧石器時代遺跡は。土器が発見されるか、されていないかで分類
しかし、日本で発掘されている旧石器時代の遺跡ですが、その全てから土器が発見されているわけではありません。それは、「大平山元遺跡」以前の遺跡だけでなく、以降のものにも多く見られます。そこで、分類上、旧石器時代と縄文時代の遺跡を使い分けています。
■縄文時代遺跡:旧石器時代の約1万6500年前から始まる[土器が出土した遺跡]
■旧石器時代遺跡:旧石器時代が終わる1万1700年前頃までの遺跡で、旧石器時代の痕跡が残る石器のみが出土した遺跡
例えば「大平山元遺跡」では、最初に発掘した場所から土器が出土しました。そこで周辺の場所も発掘作業に入ったのですが、今のところ土器は見つかっていません。そのため最初の遺跡を[大平山元Ⅰ遺跡]と命名して、縄文時代(草創期)の遺跡として分類、その後発掘した[大平山元Ⅱ遺跡][大平山元Ⅲ遺跡]は、便宜上旧石器時代の遺跡として分類されています。Ⅰ遺跡以外から土器が見つかれば、その遺跡も縄文時代(草創期)になります。
名称に石器時代と付けられている遺跡は、縄文時代の遺跡

もう一つ日本国内での混乱があります。青森県で世界遺産に登録されている遺跡の中に「亀ヶ岡(かめがおか)石器時代遺跡」や「是川(これかわ)石器時代遺跡」のように、名称の中に“石器時代”という言葉が付いている遺跡があります。この石器時代とはいつのことなのでしょう。
これは、日本独特の言い方で、縄文時代という言葉が普及する以前に使われていました。
“縄文時代”という言葉が石器時代に代わって普及したのは第2次世界大戦後で、教科書に使われるようになってからになります。「亀ヶ岡石器時代遺跡」(江戸時代に発見)や「是川石器時代遺跡」(大正時代に発見)は、実際は縄文時代の遺跡ですが、“縄文時代”という言葉がなかった時代に付けられた名称のまま、現在も正式名称として使われているため、紛らわしいことになってしまったのです。
2026年初頭に「日本にライオンがいた」と驚きの発表。青森県にも

“日本にいたのはトラでなくライオンだった”という歴史的な論文が、2026年1月26日(ニューヨーク時間)、アメリカの権威ある科学雑誌『アメリカ科学アカデミー紀要(きよう)』に掲載されたのです。発表したのは日本の総合研究大学院大学と中国・デンマークなどの国際共同チームで、日本でも多くのメディアでとりあげられました。しかも、今回サンプルとして調べた今までトラと考えられていた全国各地から集めた26のサンプルのうち、最終的にライオンと判断するために残された5個の化石のひとつが、青森県下北半島尻屋崎から出土したものだったのです。青森にもライオンがいたことがはっきりしました。
青森県では縄文時代の遺跡は3581か所も発見されているにもかかわらず、旧石器時代の遺跡は30か所あまり。全国の旧石器時代の遺跡も1万か所以上発掘されてきた割に、青森県は極端に少なくなっています。そんな少ない中でも、「大平山元遺跡」のように、世界的に大注目されている遺跡もあるのですが、『青森県の遺跡 旧石器時代の遺跡②』では、どうして青森県では旧石器時代の遺跡が少ないのかを解き明かすとともに、青森県の旧石器時代遺跡の概要をまとめています。

















