
【秋田県由利本荘市】集落の人々が400年間守ってきた民俗芸能、国指定重要無形民俗文化財「本海獅子舞番楽」
目次
由利本荘市には『本海獅子舞番楽(ほんかいししまいばんがく)』という、国の重要無形民俗文化財に指定されている古くから伝わる民俗芸能があります。『本海獅子舞番楽』は400年以上前には由利地方に伝わっていたといわれ、今でも由利本荘市内の13ある伝承団体によって、保存・上演されています。
番楽(神楽)は神を楽しませるための踊り
番楽とは一体どのような民俗芸能なのでしょう。
「番楽(ばんがく)」は、400年ほど前に京都から東北地方にやってきた山岳信仰の修行者(修験者/しゅげんじゃ=山伏)が伝えた神楽(かぐら)で、秋田と山形のみ「番楽」と呼ばれています。
[神楽]とは「神を楽しませるための踊り」(出展:文化庁)です。人は作物を作らなくては生きていけません。そのために必要なのが太陽の光であり、適度な水、そして動物たちを育む豊かな森です。しかし、そのような大自然の働きは、人間の力ではコントロールすることができません。
人々は天上にいる神がすべての事象をコントロールしていると考え、その神に願いを届けるため必死に祈ったのです。しかし、祈るだけでは神を満足させることができないと考え、神様を楽しんでもらえるように踊りました。
神楽の始まりは天岩戸の前で舞ったもの

日本神話によると、天岩戸(あまのいわと)に隠れてしまった天照大神(あまてらすおおみかみ)の気を引くために、天鈿女命(あめのうずめのみこと)が舞ったのが神楽の始まりとされています。
天岩戸のお話は日本最初の歴史書『古事記』や『日本書紀』に書かれている神話です。実際の神楽がいつ頃から舞われていたかは分かっていません。しかし、皇室には御神楽(みかぐら)という、宮中だけで舞われる神楽が継承され、現在でも続いています。その起源は平安時代の1002年に始まったとされています。
御神楽は皇室内だけで演じられてきたのですが、それとは別に神社や民間の間で舞われた里神楽(さとかぐら)があります。里神楽は御神楽から派生したものといわれ、これが現在も民俗芸能として舞われる神楽の原型となりました。
平安時代に京都で神楽という言葉が誕生
神楽という言葉が登場するのは、9世紀に編まれた歴史書『古語拾遺(こごしゅうい)』で、その中に[石清水八幡宮(いわしみずはちまんぐう)の神楽]や[賀茂臨時祭(かものりんじさい)御神楽]などと記述されていて、神楽が誕生したのは平安時代というのが通説になっています。
平安京に誕生した神楽は、その後と日本各地に伝搬し、その土地ならではの様式に発展していきました。しかし、根底にあるのは自然界に宿る八百万(やおよろず)の神に楽しんでもらい、天変地異が起こらないように、また、五穀豊穣、無病息災を祈る真摯な心なのです。
神楽が山岳で修行する山伏たちに広がり全国に伝わる
神楽を東北地方に伝えたのは険しい山岳を修行の場とする修験者(しゅげんしゃ)たちでした。仏教、道教、神道(しんとう)などが融合した日本独自の山岳信仰「修験道(しゅげんどう)」は、7世紀頃奈良の大和葛城山(やまとかつらぎさん)で修行を始めた役行者(えんのぎょうじゃ/役小角=えんのおづぬ・634年伝~701年伝)が開祖といわれていますが、この山岳信仰は次第に全国に広がっていきます。
平安時代から江戸時代にかけて大ブームになった修験道ですが、出羽三山(羽黒山=はぐろさん・月山=がっさん・湯殿山=ゆどのさん/山形県)をはじめ、早池峰山(はやちねさん/岩手県)や恐山(おそれざん/青森県)、蔵王(ざおう/山形県)など東北地方の山々にも多くの修験者たちが入山します。秋田県では山形県との県境にそびえる鳥海山(ちょうかいさん)や男鹿半島などが修験道の聖地として人気になっていました。
獅子舞がセットになった山伏神楽は、山伏が里に下りて集落の人たちに伝授

修験者たちは、修験道の拠点である神社仏閣を中心に、山中で過酷な修行を行っていましたが、正月、田植、収穫時期などには里に下りて、集落の人々と交流を持つようになります。人々の前で悪魔払い、五穀豊穣、無病息災のお祈り(祈祷)を捧げたのです。その際に演じられたのが獅子舞であり神楽だったのです。

修験者たちは獅子頭を先頭にして集落を練り歩き、人々が集まった先で神楽を演じました。この修験者たちが舞った神楽が山伏神楽といわれるもので、獅子舞と神楽がセットになっていました。山伏神楽が獅子舞神楽とも呼ばれるのはそのためです。
修験者たちによって行われていた山伏神楽は、やがて民間でも演じられるようになり、秋田県をはじめ、山形県、青森県、岩手県では民俗芸能として伝承されてきました。有名なものに「根子番楽(ねっこばんがく)」(秋田県北秋田市/国指定重要無形民俗文化財)や「早池峰神楽(はやちねかぐら)」(岩手県花巻市/国重指定要無形民俗文化財)などがありますが、『本海獅子舞番楽』も国の重要無形民俗文化財に指定されている日本を代表する山伏神楽です。

山伏神楽は秋田・山形では「番楽」と呼ばれていますが、『本海獅子舞番楽』は鳥海山の北麓、旧鳥海町(由利本荘市)に伝わる獅子舞を中心とする神楽です。『本海獅子舞番楽』は番楽の冒頭に2人の演者によって獅子舞が演じられ、他地区の獅子舞に比べ、動作が激しく、上下の歯を打ち合わせる“歯打ち”が多いという特徴を持っています。
現在も旧鳥海町13集落で伝承され、演じられる
『本海獅子舞番楽』は、寛永年間(1624年~1644年)に鳥海山に修行のためやってきた京都の醍醐寺三宝院(だいごじさんぽういん/京都府京都市/世界文化遺産・国宝)の修験者だった本海行人(ほんかいぎょうにん/本海坊)が旧鳥海町の各集落に直接伝えたもので、現在でも鳥海地区13の集落で伝承されています。13の集落には“獅子舞講中”という伝承団体が結成されて、おのおのに伝わる獅子舞番楽を受け継ぎ、伝統を守り続けているのです。

[伝承団体]
上直根講中(かみひたねこうちゅう)
- ・所在地:由利本荘市鳥海町上直根
- ・開催場所:上直根町内会館
- ・開催日:10月下旬
中直根講中(なかひたねこうちゅう)
- ・所在地:由利本荘市鳥海町中直根
- ・開催場所:神明社・地域内各所
- ・開催日:6月16日/9月中旬
前ノ沢講中(まえのさわこうちゅう)
- ・所在地:由利本荘市鳥海町中直根字前ノ沢
- ・開催場所:直根神社・集落会館・地域内各所
- ・開催日:5月5日/9月第1か第2日曜日/11月中旬
下直根講中(しもひたねこうちゅう)
- ・所在地:由利本荘市鳥海町下直根
- ・開催場所:集落会館・地域内各所
- ・開催日:1月15日/8月16日/12月23日
猿倉講中(さるくらこうちゅう)
- ・所在地:由利本荘市鳥海町猿倉
- ・開催場所:集落会館・地域内各所
- ・開催日:8月15日
興屋講中(こうやこうちゅう)
- ・所在地:由利本荘市鳥海町下川内
- ・開催場所:白山神社・地域内各所
- ・開催日:4月20日/8月14~16日
二階講中(にかいこうちゅう)
- ・所在地:由利本荘市鳥海町栗沢
- ・開催場所:観音堂・地域内各所
- ・開催日:1月中/4月17日/8月14~16日/12月中
天池講中(あまいけこうちゅう)
- ・所在地:由利本荘市鳥海町下笹子
- ・開催場所:地域内各所
- ・開催日:1月3日/5月1日/8月14日
八木山講中(やきやまこうちゅう)
- ・所在地:由利本荘市鳥海町上川内八木山
- ・開催場所:不動神社・集落会館・地域内各所
- ・開催日:6月第2日曜日
平根講中(ひらねこうちゅう)
- ・所在地:由利本荘市鳥海町上川内字平根
- ・開催場所:八幡神社・地域内各所
- ・開催日:5月15日/8月15日
上百宅講中(かみももやけこうちゅう)
- ・所在地:由利本荘市鳥海町百宅
- ・開催場所:御嶽神社・集落会館・地域内各所
- ・開催日:1月16日/8月15・16日/11月上旬
下百宅講中(しもももやけこうちゅう)
- ・所在地:由利本荘市鳥海町百宅
- ・開催場所:弘法洞窟前・集落会館・地域内各所
- ・開催日:1月16日/8月15・20日/9月中旬
提鍋講中(さげなべこうちゅう)
- ・所在地:由利本荘市鳥海町上川内提鍋
- ・開催場所:大日宮神社・地域内各所
- ・開催日:1月1日/4月28日/8月13〜15日/12月上旬(幕納め)
舞の形は伝承され、講中によって演目は相違
※伝承団体の住所・開催場所・開催日に関しては平成23年(2011年)調査の『秋田民俗芸能アーカイブス』より転記しています。
※平成7年1月1日現在の活動状況は、6団が活動を休止しています。
※現在の活動状況に関しては由利本荘市教育委員会鳥海教育学習課(電話番号:0184-57-2881)にお問い合わせください。

『本海獅子舞番楽』で演じられる舞は、獅子舞以外は[翁]などの儀礼的な舞や、[山の神][剣之舞]などの神の舞、[曽我][八島]どの武士舞、「鐘巻」「橋引」などの女舞と、能にも通じる演目があるなど多様です。演目の数は、各講中に伝えられている『本海流獅子舞秘傳大事』などによると、獅子舞7番、式舞7番、神舞8番、武士舞12番、女舞7番、道化舞等7番の計48番となっていますが、現在も伝承されているのは、各講中合わせて30番ほどになっています。
現在活動中の講中が一堂に会する「鳥海獅子まつり」
「鳥海獅子祭り」は、現在活動中の『本海獅子舞番楽講中』が一堂に会す祭りで、8月上旬に鳥海健康広場屋外特設会場で開催されます。野外に設えられた特設ステージで演じられる国の重要無形民俗文化財に指定された伝統芸能を、かがり火に包まれた幻想的な雰囲気の中で楽しむことができます。
鳥海獅子祭り<Information>
- 名 称:鳥海獅子祭り
- 会 場:秋田県由利本荘市鳥海町伏見字折切30
- 時 期:八月中旬
- 電話番号:0184-57-2881(由利本荘市教育委員会鳥海教育学習課)
- 公式URL:由利本荘市観光協会 – 鳥海獅子祭り
- アクセス:
- 公共交通機関/JR羽越本線由利本荘駅乗り換え、 由利高原鉄道鳥海山ろく線矢島駅下車、タクシーで約11分
- 車/日本海東北自動車道本荘ICから国道108号線経由約36分
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『本海獅子舞番楽』のことを学べ、実際の舞に触れることができる「まい-れ」

『本海獅子舞番楽』を中心に由利本荘市に伝わる民俗芸能の拠点が由利本荘市 民俗芸能伝承館「まいーれ」です。『本海獅子舞番楽』の面や獅子頭などが展示され、毎月第3日曜日には『本海獅子舞番楽』をはじめ、にかほ市などの他地区の番楽なども上演されます。

民俗芸能伝承館 まいーれ<Information>
- 名 称:由利本荘市 民俗芸能伝承館 まいーれ
- 住 所:秋田県由利本荘市鳥海町伏見字久保135-9
- 電話番号:0184-44-8556
- 公式URL:https://mai-re.jp/
- 開館時間:9:00~17:00
- 入館料:200円(高校生以下無料)
- 休館日:月曜日(月曜日が祝日の場合は翌日)、12月29日から1月3日
- アクセス:
- 公共交通機関/JR羽越本線羽後本荘駅乗り換え由利高原鉄道鳥海山ろく線矢島駅下車、タクシーで約10分
- 車/日本海東北自動車道本荘ICから国道108号線経由約35分
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『本海獅子舞番楽』は、旧鳥海町だけでなく、旧矢島町(由利本荘市矢島町)や象潟エリア(にかほ市象潟町)などの由利地方に伝搬し、本会流といわれる数多くの番楽が誕生しました。現在は集落の消滅や衰退などにより数は少なくなっていますが、鳥海山日立舞(ちょうかいさんひたちまい/にかほ市象潟町横岡)は秋田県の無形民俗文化財に指定されるなど、集落の人々によって大切に伝承されている番楽は多数存在しています。