【青森県五所川原市】太宰治の生家『斜陽館』は680坪の大豪邸!太宰の思い出スポットを満喫しよう

青森県五所川原市は、小説家・太宰治が生まれ育った町として知られています。太宰治は、地元でも指折りの名家に生まれました。今回は、『人間失格』や『斜陽』など、今なお読み継がれている名作を次々と世に送り出した、太宰治の生い立ちに触れられる「太宰治記念館『斜陽館(しゃようかん)』」を紹介します。


「太宰治記念館『斜陽館』」へのアクセス

JR五能線の「五所川原駅」から、津軽鉄道線に乗り換えて6つ目の駅が、「金木(かなぎ)駅」となります。この金木町(かなぎまち)こそ、太宰治が過ごした場所です。

津軽鉄道の金木(かなぎ)駅
津軽鉄道線の金木(かなぎ)駅

駅前のメイン通りは、太宰治の代表作である『走れメロス』から「メロス通り」と名づけられています。このメロス通りを歩いて約5分ほどで、「太宰治記念館『斜陽館』」に到着します。

金木駅では、太宰号と呼ばれるレンタサイクルのサービスを行っています。太宰が過ごした町を廻ってみたい、という人におすすめです。


大きな豪邸が太宰の生家

「太宰治記念館『斜陽館』」は太宰の生家「旧津島邸」です。太宰の本名は、津島修治(つしま しゅうじ)と言います。

1907年(明治40年)に当時の金額で工事費約4万円で建設されました。当時の金額だとちょっとわかりにくいですが、三菱UFJ信託銀行のページによると、明治34年の1円の価値は令和元年の約1,490倍。

リンク:三菱UFJ信託銀行:昔の「1円」は今のいくら?明治・大正・昭和・現在、貨幣価値(お金の価値)の推移

つまり、明治時代の4万円を1,490倍にすると現在の価格にして5,960万円となります。

斜陽館(全景)
斜陽館(全景)

一階に11部屋あって278坪、2階は8部屋で116坪あります。庭園もあり、敷地面積は約680坪にも及びます。まさに大豪邸と言える佇まいです。2004年に国の重要文化財に指定されています。

太宰は、この大きな家のことを、「さよならを言う前に」において、「この父は、ひどく大きい家を建てた。風情も何も無い、ただ大きいのである」と述べています。

戦後に津島家が手放し、昭和25年から旅館「斜陽館」として旧金木町の観光名所となり、その後の平成8年に旧金木町が買い取り、旅館「斜陽館」は46年の歴史に幕を降ろしました。そして太宰治記念館として改装され現在に至ります。


いざ『斜陽館』の中へ

『斜陽館』に入ると、視界に土間が広がります。その奥には、中の蔵と米蔵があります。文庫倉展示室というスペースがあって、ここでは太宰が着ていた羽織袴や、初版本、原稿などを見ることができます。展示品の数は実に600に及びます。

斜陽館(一階)
斜陽館(一階)

2階の8部屋のうち6部屋は和室となっています。残りの2部屋は、1つが洋室で、もう1つは、控え室です。洋室は、和を感じさせる建物全体の雰囲気とは異なって、綺麗なカーテンがかかっていたり、調度品も素敵で新鮮さがあります。

斜陽館(庭園)
斜陽館(庭園)

太宰オリジナルグッズを手に入れよう

職員が巡回して解説を実施しています。これを聞くと、より理解が深まるのでおすすめです。太宰の家紋である「鶴丸」が描かれたTシャツなどオリジナルグッズも販売されています。太宰ファンにはたまらない場所だと言えるでしょう。


太宰治の生家『斜陽館』についてまとめ

『斜陽館』では、まさに太宰治の生きた匂いを感じることができます。斜陽館だけではなく周辺には「太宰治疎開の家『旧津島家新座敷』」や「太宰治 思い出広場」、太宰が通っていた「明治高等小学校跡」、太宰が遊んでいた「芹野公園」など、太宰ゆかりの場所が点在しています。

太宰治の小説に感銘を受けた人や、これから読んでみたいという人には特に行ってみてほしいスポットです。

INFORMATION

  • 名  称:太宰治記念館『斜陽館(しゃようかん)』
  • 住  所:青森県五所川原市金木町朝日山412-1
  • 電話番号:0173-53-2020
  • 公式URL:太宰治記念館「斜陽館」

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