
安達ケ原の鬼婆伝説。それは悲しい人間ドラマがあるヒトコワ怪談だった!【福島県二本松市】
福島県二本松市安達ケ原には、旅人を襲う鬼婆(おにばば)がいたという伝説があります。
全国的にも有名なお話で、「奥州安達原」の名前で歌舞伎や人形浄瑠璃の演目になったり、「黒塚」の名前で能の演目になったりもしています。
- リンク:歌舞伎用語案内 – 奥州攻めの世界
- リンク:the能.com – 黒塚(くろづか)
今回は安達ケ原(黒塚)の鬼婆伝説を掘り下げつつ、現地に赴いてその痕跡を探してみました。
安達ケ原(黒塚)の鬼婆伝説
伝説には細かい部分が違う説が幾つかあるようですが、二本松市安達ケ原にある観世寺に伝わる話は以下のような内容です。
自らの手で自分の娘と孫を手にかけてしまった岩手。気が狂ってしまうのも頷けます。
しかし安達ケ原に来た時点で既に人を殺めるつもりだったことを考えると、最初から少し歪んでしまっていたのかもしれませんね…。
鬼婆はただただ恐ろしい妖怪だと思っていましたが、背景にこんな悲しいストーリーがあるとは知りませんでした…。結局本当に怖いのは妖怪ではなく人間だというお話…ジャンルでいうと「ヒトコワ怪談」ですね。
鬼婆伝説ゆかりの地
現在の安達ケ原には「鬼婆伝説は本当にあった話」だと裏付けるような史跡がいくつも現存しています。
真弓山観世寺(まゆみざんかんぜじ)

鬼婆が住んでいたといわれる岩屋は今も残っており、現在はその岩屋を含めた敷地に観世寺(かんぜじ)というお寺が建っています。
奈良時代から続く由緒あるお寺で、江戸時代には奥の細道の道中で松尾芭蕉が、明治時代には正岡子規がこの地に参拝に訪れています。

観世寺の宝物史料館。鬼婆に関わる多数の史料が展示されています。
中には「鬼婆の包丁」や「生き胆をいれていた壺」、「鬼婆を葬るときに穴を掘ったクワ」なんていうものも展示されています。真偽の方はわかりません!

如意輪観音堂。伝説の中で鬼婆を退治するために東光坊祐慶が力を借りた如意輪観世音菩薩(にょいりんかんぜおんぼさつ)が祀られています。

鬼婆が住みついていたといわれる岩屋。確かに雨風を防ぎ、人が住みつくにはいい場所かもしれませんね。大岩の数々に妙な迫力を感じます…。
観世寺の境内にはこの他にも「鬼婆の石像」や松尾芭蕉が腰かけて休んだといわれる「芭蕉休み石」、「出刃洗いの池」等々、見どころがたくさんあります。
観世寺<Information>
- 名 称:天台宗 真弓山 観世寺(まゆみざんかんぜじ)
- 住 所:〒964-0938 福島県二本松市安達ヶ原4丁目126
- 電話番号:0243-22-0797
- 公式URL:観世寺公式HP
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黒塚(くろづか)
黒塚(くろづか)は東光坊祐慶と如意輪観音の力によって退治された鬼婆が葬られたと伝わる鬼婆の墓所。観世寺から歩いて2~3分ほどなのでせっかく来たなら一目見るべき場所です!

観世寺を出るとすぐ目の前に案内の看板があります。

阿武隈川の堤防を上るとすぐに川岸に見下ろす形で一本杉が見えてきます。この杉の根元に黒塚があります。

黒塚の石碑。住んでいたといわれる岩屋からすぐの場所に葬られていることも含め、なにかすごい伝説の「現実感」を感じます。
黒塚<Information>
- 名 称:黒塚(くろづか)
- 住 所:〒964-0938 福島県二本松市安達ヶ原4丁目
- URL:二本松市観光連盟HP
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安達ケ原ふるさと村で鬼婆グッズも購入可能!
観世寺周辺は「安達ケ原ふるさと村」として公園整備もされています。道の駅+キッズパーク+公園といったような施設で、周辺観光の際はこちらの駐車場を利用することになるかと思います。

公園には昔ながらの古民家や武家屋敷、茶室なども移築されていて、その中でも二階建ての豪農の館を移築した農村生活館はその大きさに圧倒されます。

秋になると、赤い雲海のように20万本以上の曼珠沙華(別名:彼岸花)が咲き乱れる曼珠沙華まつりも開催されるため、この時期に併せて訪れるのもおすすめです。

敷地内の安達ケ原ふるさと館では、地元の美味しい野菜・加工品・お菓子やお土産選びを楽しめます。鬼婆グッズも販売中。バッピーちゃんという鬼婆をモチーフにした可愛いマスコットキャラクターもいます。
安達ヶ原ふるさと村<Information>
- 名 称:安達ヶ原ふるさと村
- 住 所:〒964-0938 福島県二本松市安達ヶ原4丁目 100番地
- 電話番号:0243-22-7474
- URL:安達ケ原ふるさと村HP
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まとめ
この記事では福島県二本松市の安達ケ原に伝わる鬼婆伝説について紹介しました。
おとぎ話の一種だと思っていた鬼婆伝説に、これだけ色々な痕跡が残っていることには結構ビックリ。訪れる前までは「ただのおとぎ話」という認識だったのが、全てを見た後には「本当にあったヒトコワ怪談」という認識に変わってしまっていました。
昔から脈々と語り継がれ、江戸時代には松尾芭蕉が、明治時代には正岡子規が訪れるほど全国的に知れ渡っていたと考えるとこれは信憑性があるのではないでしょうか?
二本松を訪れた際は是非立ち寄ってみてほしいスポットです。






















