歴史

【宮城県】京都と金成を繋いだ観音様のお告げ、平安から伝わる”逆“シンデレラストーリー炭焼藤太のお話

 

平安時代には金が採れた、県北に伝わる「炭焼藤太の伝説」

宮城県北部、岩手県との県境に位置する栗原市に「金成」という地名があります。

この地を流れる夏川で砂金が取れたといわれており、金成という地名に因む「炭焼藤太(すみやきとうた)」の伝承が有名です。

金成には「炭焼藤太夫婦の墓」が史跡として残されています。

この記事では、宮城県に伝わる炭焼籐太の伝承についてご紹介します。

 

貧しい炭焼職人のサクセスストーリー?

時は藤原氏が平泉で隆盛を誇った平安時代までさかのぼります。

貧しい炭焼き職人であった藤太という若い男が大金持ちになったきっかけを描く、ほのぼのとした物語。

 

さて、そのお話とは。

 

突如現れたお公家様の娘!京の都からはるばる会いに来た

藤太という炭焼きを生業とする男がいた。まじめで働き者だが、まだ若い独り身の男である。

ある日、藤太が煤で顔を真っ黒にしながら炭を焼いていると、「あなたが藤太さんですか」と突然、若い女の声で問いかけられた。

顔を上げると、京の都の貴人を思わせる雅な服装の女が弱々しく立っている。

驚いた藤太は、高貴な女の出で立ちに圧倒され言葉も出なかった。

すると、女は旅の疲れで精根尽き果てたのか、藤太の胸に倒れ込んで寝入ってしまう。

丁度、日も沈んだ頃合いであり、藤太が炭焼小屋の中に女を寝かせると、安心した寝顔を見せながら翌朝までぐっすりと眠った。

動揺している藤太はというと、小屋の周囲を歩き回ることしかできず、一睡もしないまま朝を迎えたのだった。

 

観音様のお告げが運命の証?

小屋に差し込む朝の光で女は目を覚ます。すっかり元気を取り戻した女は、土間に手を着いて改まり、突然の訪問を侘びた後に事の顛末を話し始めた。

女の名前は於古屋(おこや)。都の右大臣の娘だが、争乱が続く都ではその立場が危うくなっているという。

さらに、自分は器量も良いわけではないことから嫁ぎ先も見つからず、清水寺にお参りを続けながら「結婚できますように」と願い事をしていたこと。

そうしていると、ある月夜の晩、清水の観音様から「みちのくの金成という場所に藤太という男がいる。その男のところに行って夫婦となれ。」というお告げを授かったこと。

そして、藤太を探し求める旅の末にやっと巡り会えたこと。

於古屋は淡々と語ると、はじめて会ったにもかかわらず、既に籐太を夫として信じ切っているようすだった。

藤太はどうかといえば、於古屋の持つ都の雰囲気と何の迷いもない態度に抗うこともできず、あまりにも突然に嫁を持つことになった事態を飲み込めないままだったが、結局、ふたりは夫婦として暮らすことになる。

 

食べるお米がなくなった

炭焼の仕事をする藤太は貧しかった。

ふたりが一緒に暮らしはじめてひと月ほど経った頃、於古屋は藤太に深刻な顔をして打ち明けた。

「食べる米が底をつき、仕事着を繕う糸も使い切ってしまいました。買うお金はありますか。」

藤太は答える。「炭を持っていって米と交換すればいいだろう。」

それを聞いた於古屋が窯から炭を取り出そうとすると、炭が出来上がるまであと三日かかると藤太に止められた。

於古屋は、三日間も飲まず食わずでもいいのかと藤太に食い下がったが、藤太は我慢するしかないと言い放つ。

都で裕福な暮らしをしていた於古屋にとっては、お金がなくて食べるものが買えないなどというのは、はじめて経験することだった。

於古屋は、路銀(旅費)として大切に仕舞っておいた砂金が入った袋を帯の間から取り出すと、「これで米を買ってきてください。」と藤太に渡した。

藤太は言い争いをしたことが照れくさかったのか、そそくさと家を出ていった。

 

砂金がどういうものか知らなかった籐太

しばらくすると藤太が一羽の鴨を手に持って帰ってきた。

「これで三日間は食いつなげるぞ。」と藤太はうれしそうにしている。

それを見た於古屋は唖然とした。

「都なら三カ月は暮らせるお金なのよ!それがどうして鴨一羽だけなのよ。」

聞けば、於古屋から預けられた砂金の袋を投げつけ、鴨に命中させて仕留めたという。

ショックのあまり座り込んでしまった於古屋に、

「あれっぽっちで、そんなに物が買えるのか?」と籐太がいうのだった。

「あれと同じものなら裏山にたくさんころがっているのに。」

それを聞くと於古屋の眼の色が変わった。

籐太に案内させて裏山に行ってみると、なぜこれまで気づかなかったのか。

草の生えた岩の割れ目が至るところでキラキラと輝いていた。

 

まとめ

この後、籐太夫婦は金の採掘で大金持ちになり、幸せに暮らしたというのが伝承として残るお話です。

平治物語や義経紀など複数の史料には、都で金の商いを行った金売吉次という人物が登場し、源義経が平泉に下野するのを手助けしたことが記されています。

金売吉次が籐太、あるいは、籐太の長男である吉次のことではないかといわれているのですが、炭焼籐太と同じような伝承が宮城県蔵王町や東北各地に残っているようです。

平安時代といえば、源氏物語や枕草子などに伝えられる華やかな宮廷文化のイメージが思い浮かびます。

このお話では、都から来た於古屋と物々交換で暮らしを営む籐太が対照的で、当時の東北地方の人間の、欲のない純朴なようすが鮮明に伝わってきます。そんな温かい素朴さが、どこか東北には残っています。

NEFT(ネフト)編集部

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