末広町のカシマサマ

境内に巨大な人形道祖神が鎮座する!湯沢市の岩崎八幡神社【秋田県】

秋田県湯沢市。「小野小町生誕の地」「稲庭うどん発祥の地」として有名な地域ですが、この湯沢市の岩崎八幡神社では「人形道祖神」と呼ばれる「自然物で守り神を作り祀る」という独特の習俗を見ることができます。


岩崎八幡神社の歴史

岩崎八幡神社は湯沢市岩崎地区の千年公園(岩崎城址跡)内に鎮座する神社です。

岩崎八幡神社
岩崎八幡神社

神社に伝わる縁起によると、1087年、「後三年合戦」の金沢柵攻防戦で清原家衡・武衡軍を相手に苦戦していた八幡太郎こと源義家(みなもとのよしいえ)が、この地で戦勝を祈願するために、源氏の氏神である八幡神の分霊を勧請したうえで鎧を奉納したのが始まりと伝えられています。

『後三年合戦絵詞』の源義家
『後三年合戦絵詞』の源義家 出典:Wikipedia

その後時代が流れ1803年、秋田藩九代藩主・佐竹義和(さたけよしまさ)から源義家奉納の鐙を藩庫に納めるよう命があり奉進。その代替として狩野秀水(かのうしゅうすい)の鐙写生図に義和直筆の三文字「鐙八幡」を書き入れた軸が神社に寄進されたといわれています。

湯沢市の有形文化財に指定されている本殿は、龍や獅子、四方の屋根を支える力士像など、見事な彫刻が多数施されているようですが、現在は劣化防止の為と思われる保護囲いが存在し、細部を拝見することができない状況になっています。

例祭は毎年9月10日で、境内神社は水神社と高辻神社の二社、祭神は誉田別命(ほむたわけのみこと) 多紀理比売命(たきりひめのみこと) 多岐都比売命(たきつひめのみこと) 応神天皇(おうじんてんのう)の四柱となっています。


境内社「水神社」の奥に鎮座する巨大人形道祖神

「道祖神」とは主に村や集落の境界に安置され、疫病や悪霊などの「悪いもの」を追い払ってくれる役割を持つ「守り神」や「結界」の類いとして祀られる民間信仰の一種です。

「村を守り繁栄させる」という性格と「道端によく見られる」という状況から「縁結びの神」「旅人の守り神」とされることもあるようです。

日本各地に存在し、石碑に「道祖神」と刻まれたものが一般的ですが、秋田県では木や藁、石等の自然物を素材として人型を模した「人形道祖神」を作り祀る…という習俗が今でも多くの地域に根付いています。

ここ岩崎八幡神社の境内には、そんな人形道祖神の中でも高さ3~4m前後の巨大な部類に入る人形道祖神が2体安置されています。

岩崎八幡神社の拝殿
岩崎八幡神社の拝殿

岩崎八幡神社の拝殿から左手に進み…

水神社
水神社

少し歩くと見えてくる境内社の「水神社」。この神社の左手から更に奥に進みます…。

水神社の奥に鎮座するカシマサマ
水神社の奥に鎮座するカシマサマ

すると奥には超巨大な藁人形が…。

これが「末広町のカシマサマ」と呼ばれる人形道祖神で、写真左手に写っている小屋の中にも「栄町のカシマサマ」と呼ばれる、ほぼ同サイズの人形道祖神が安置されています。

※カシマサマは「鹿島様」や「鹿嶋様」と、地域によって表記が変わることがあるので今回はカタカナ表記の「カシマサマ」で統一しています。

末広町のカシマサマ

末広町のカシマサマ
末広町のカシマサマ

「末広町のカシマサマ」は湯沢市岩崎地区の末広町の守り神で、元々は末広町と他町との境界に祀られていました。

その巨大で迫力ある風貌は秋田の人形道祖神の代表格ともされ、1986年に米国ワシントンの国立公園「ナショナル・モール」で開催された「スミソニアン・フォークライフ・フェスティバル」の会場で展示された実績もあります。

…といってもこの地から直接持ち込んだわけではなく、秋田から3人の男性が渡米し、現地にて末広町のカシマサマをモデルに藁人形を制作し展示したそうです。

末広町のカシマサマの顔
末広町のカシマサマの顔

近づいてみると思ったよりかわいらしい顔をしてますが、口を「へ」の字に曲げて固く閉じた表情から勇ましさも感じます。さすが守り神。

栄町のカシマサマ

栄町のカシマサマ
栄町のカシマサマ

末広町のカシマサマの手前にある小屋の中には「栄町のカシマサマ」が安置されています。大きさは2体ともほぼ同等ですが、こちらのカシマサマは牙が生えた口を大きく開けて結構怖い顔をしています。

実はカシマサマには男神、女神と性別があるとされていて、栄町のカシマサマは男神、末広町のカシマサマは女神となるようです。末広町のカシマサマの表情が柔和に見えるのはこの辺の事情も関係しているのかもしれません。

番外:国道13号線沿いにある緑町のカシマサマ

緑町のカシマサマ
緑町のカシマサマ

岩崎八幡神社から少し話題がそれますが、奥羽本線下湯沢駅から国道13号線を少し北上した道沿いには「緑町のカシマサマ」が鎮座しています。国道沿いに巨大な藁人形が突如現れるので、初見だと結構びっくりします。

こちらも男神のカシマサマで、立派な男根にモサモサの脇毛まで蓄えていて、三体の中で一番分かりやすく性別が表現されています。


まとめ

明治時代、政府の近代化政策により「前時代的な風習」として淘汰されてしまった習俗が多くある中で、ここ岩崎地区の「人形道祖神」もその影響を受け、本来鎮座していた「町村の入り口」から岩崎八幡宮の奥の奥へと隠すように移されたといわれています。

そんな逆境の時代も乗り越えて現在まで受け継がれている地域の特色ある習俗「人形道祖神」。今後も末永く受け継がれていってほしいですね。

【参考資料】

岩崎八幡神社<Information>

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