
【中編】東北伝統の女性シャーマン「イタコ」の世界|修行の過程と駆使する呪具
目次
イタコになるための修行過程
イタコが司る巫術の例を見てきましたが、ではイタコになるためにはどのような修行を積む必要があるのでしょうか。
現在ではイタコとして新規の弟子は非常に珍しく、文化伝承が課題の一つとなっていますが、かつては幼くして視覚障がいをもった女性の自立した職業といった側面もあったことは重要でしょう。
以下は採集された民俗事例としての修行過程の一例です。
入門~修行初期
12~13歳頃までに師匠となるイタコのもとへ米と炭を持参して入門します。ここで数年間(2~4年程度が一般的)、師の身の回りの世話をしながら術を覚えていきます。
さまざまな祭文や経文、祝詞や真言あるいは呪文などを詠唱できるよう暗記しますが、伝授はすべて口伝えが基本であることがイタコに関連する文献はほとんど残っていない理由の一つです。
暗唱すべき唱えごとには地域差があるといいますが、般若心経や大祓の祝詞などが基礎となり神仏習合の様相をうかがえるといえるでしょう。
独り立ちのための儀式「神憑け」
一通りの唱えごとや作法を修得して修業期間を終えられると師匠が判断すると、イタコとして独り立ちするための神憑けという最終的な儀式が行われます。
読んで字のごとく本人にとっての守護神・守護仏を憑依させるイニシエーションであり、これに成功しない限りは正式なイタコとして認められません。
以下は神憑けの大まかな流れの一例です。
神憑けの大まかな流れ
- 儀式の1~2週間前から穀断ち・塩断ち・火断ち・水垢離などの精進潔斎を行う。
- 儀式当日には師匠の家に親兄弟・親戚縁者・同門の弟子たちが集まり、師弟が対座して弟子が失神するまで経文や祭文を詠唱する。儀式当日には師匠の家に親兄弟・親戚縁者・同門の弟子たちが集まり、師弟が対座して弟子が失神するまで経文や祭文を詠唱する。
- 失神は神が憑依した証とされ、本人の守護神と守護仏が明らかさにされる。
- 儀式が成功して本人の意識が戻ると一人前のイタコになったことを盛大に祝する。
このようにして正式なイタコになると、証としてその場で仏降ろしを行ったり師匠から儀式に使う特別な弓や数珠などの道具を授けられたりすることもあるといいます。
神憑け式の詳細事例
神憑けを行う儀式について、さらに詳しい事例をみておきましょう。
繰り返し述べてきたように一口にイタコといっても地域差や個人差があり、必ずしも統一的な決まり事ではないと考えられますが、学研から出版された『呪術の本』(2003年刊)に収録されたレポートの内容をご紹介します。
神憑け式の詳細事例
- 神憑け式の9日前から精進潔斎を始める。
- 「行屋(ぎょうや)」と呼ばれる周囲に注連縄を張った潔斎用の部屋が用意され、朝晩の水垢離を行いながら行屋で一人夜を徹して呪文の詠唱や巫術の復習を繰り返す。
- 行の間の食事は御飯・味噌汁・肉類・香辛料が禁じられ、火も歌舞音曲も断たれる。便所も家人とは分けられる。
- 行に入って4~5日目に祭壇に供えるための鏡餅をつく。
- 行の間に師匠から昂った心身を鎮めるための「九字を切る」秘法を学ぶ。
- 9日目の朝に行屋を出て、神憑けを行うための「巫堂(ふどう)」という建物に入る。
- 巫堂の周囲は五色の幕が張り巡らされ、室内に六尺の屏風が立てられる。白い幣作を差した米俵1俵が祭壇に供えられる。
- 祭壇の前には3俵の米俵が置かれ、新しい白衣を着た弟子が両手で錫杖を持ってそこに腰掛け、師匠が傍らに控える。ここには家族・縁者なども列席する。
- 経文や呪文を一心不乱に詠唱するうち、連日の疲労などから弟子はやがて失神状態に陥る。
- この失神をもって神が憑依した証であるとされ、式の成功を師匠が確認して守護神・守護仏が明かされる。
- 祝いの膳が用意され、一人前のイタコとして巫術を披露しその後は列席者ともども無礼講となる。
このように、イタコとしてのいわば卒業試験でもある神憑けは非常に過酷な儀式でもあります。さまざまな民俗事例に認められる疑似的な死と再生のイニシエーションを思わせ、こうした厳しい行の果てに超常的な能力を得ると考えられたのでしょう。
同書には儀式を受けた人が失神の際に雷鳴のような音を聞き、それと同時にお供えの鏡餅に穴が開いたと記しています。これは神が降臨したしるしであるといい、現実的な現象であるかどうかはともかくとしてシャーマンとしての独立を証明する物語といえるでしょう。
イタコの用いる道具の例
シャーマンや宗教者といえばそれぞれの儀式に用いる特徴的な道具を使用するのが常です。たとえば神職であれば御幣であったり僧侶であれば数珠であったり、あるいは修験道の山伏なら法螺貝を吹き鳴らしたりする姿を想像できるのではないでしょうか。

イタコもそうした特別な巫具の数々を備えており、ここではどういったものがあるのか概観してみましょう。
以下に3つの例を挙げました。
苛高(イラタカ)数珠
イタコがもつ巫術のための道具といえば「イラタカ数珠」が有名です。

これはムクロジの木の実を300個以上連ね、そこにオオカミやキツネの骨、イノシシの牙、シカの角、タカやクマの爪なども付けた独特な念珠です。
ムクロジはかつて数珠玉に使われた硬質な実で、お正月の遊びとして知られる羽根つきの羽根にも用いられています。
イタコはこのイラタカ数珠を口寄せの際のみならず、魔除けやお祓い、各種のまじないなどに必ず使うことからある種のトレードマークといっても過言ではないでしょう。

さまざまな野獣の身体の一部を数珠に付けることはプリミティブな霊力への期待を思わせ、数珠を繰るときに音もある種の魔払いやトランスの機能を担っていると考えられます。
ちなみに「イラタカ」とは修験道の山伏が用いる念珠もそのように呼ばれており、こちらの数珠玉は球ではなくそろばん玉のような稜線のある形をしていることが特徴です。
この数珠は擦り合わせるとよく音が鳴り、その音が魔を払う力を持っているともいわれます。
イタコの起源説には修験者の存在が取り沙汰されることが多く、神も仏も祀る神仏習合のスタイルは修験道の影響を想起させることから、イラタカ数珠はその名残りと考えても不思議ではないでしょう。
オダイジ
イタコが必ず背負っている筒を「オダイジ」といい、ここには本人の守り本尊・守護神の像を描いた掛軸が収められています。

一人前のイタコになるためのイニシエーションである「神憑け」で守護仏・守護神を降ろすことを先に述べましたが、この時に明らかになった尊格をオダイジとして背負います。
たとえば青森県の八戸地方ではイタコの生まれ年によって守り本尊が決まっており、格十二支に仏尊と神格が割り当てられています。これは日本独自の神仏習合において仏と神は姿を変えた対応関係にあるという「本地垂迹」の理論を思わせますが、八戸では一部独自の組み合わせになっているようです。

当地のイタコに伝わる干支と神仏との関係は以下の通りです。
八戸周辺のイタコに伝わる干支と神仏の関係
- 子年…千手観音⇔大己貴神・倉稲魂命
- 丑年…虚空蔵菩薩⇔倉稲魂命
- 寅年…虚空蔵菩薩⇔素戔嗚尊
- 卯年…文殊菩薩⇔大山祇神
- 辰年…普賢菩薩⇔賀茂大明神
- 巳年…普賢菩薩⇔素戔嗚尊
- 午年…勢至菩薩⇔豊受大神・倉稲魂命
- 未年…大日如来⇔素戔嗚尊
- 申年…大日如来⇔大山祇神
- 酉年…不動明王⇔春日大明神
- 戌年…阿弥陀仏⇔多賀大明神
- 亥年…阿弥陀仏⇔八幡大明神
オダイジの像は「守り本尊」と呼ぶように仏尊が描かれていますが、その実は日本の神々をも内包する点も重要です。
梓弓
イタコの道具としてもう一つ特徴的なものを挙げると、「梓弓(あずさゆみ)」が挙げられます。

これは矢を射るために用いるのではなく、弦を竹の棒などで叩いて音を出す巫具です。
梓の木は弓の素材として適しており、古くは古事記にその記述があります。
かつては東国を中心とした渡り巫女である「梓巫女(あずさみこ)」がこれを使った呪術を専門とし、神おろしや口寄せを行ったといいます。
イタコが梓弓を用いたのもこうした職能者の系譜を思わせて興味深く、津軽地方では口寄せの際に梓弓の弦を叩いて一旦弓に霊を降ろし、それからさらに自身に憑依させるという方法をとることもあったそうです。
ただし現在のイタコはほとんどこの道具を使うことはないといい、そうであれば古式の道具といってもよいでしょう。

なお、古来弓の弦音には魔を払う力があると信じられ、平安時代には矢をつがえずに弓弦を引く「鳴弦の儀」が生まれました。本来は誕生に関わる儀礼でしたがやがて夜警や天皇の入浴時、または主が病を得た際などにも行われるようになりました。
このような事柄から、イタコの巫術には非常に古い起源をもつものが含まれたことをうかがわせます。
青森県立郷土館<Information>
- 名 称:青森県立郷土館
- 住 所:〒030-0802 青森県青森市本町2丁目8−14
- 電話番号:017-777-1585
- 公式URL:https://www.kyodokan.com/
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