
キリシタン?妖怪?神様?本吉地区に残る謎の墓標「ポーポー様」とは?【宮城県気仙沼市】
目次
宮城県気仙沼市本吉地区には、「ポーポー様の墓」と呼ばれる場所が残されています。
この墓の伝承にまつわるのが、「ポーポー様」と呼ばれる正体不明の人物です。本吉地域に伝わるその物語は、吹雪の夜に始まり、疫病に苦しむ人々を救った一人の人物の記憶として、今も語り継がれています。
吹雪の夜に現れた、言葉の通じない男
昔、現在の気仙沼市本吉地域において、吹雪の夜の出来事として次のような伝承が残されています。

ある晩、一夜の宿を求めて一人の男が里を訪れました。しかし男は病に侵されており、感染を恐れた人々は、どの家も彼を迎え入れようとしませんでした。
本吉町誌Ⅱより一部抜粋
そのなかで、「林の沢」と呼ばれる里の人々だけが、この男を受け入れ、看病しました。
男は日本の言葉を話すことができず、出自や来歴も分かりませんでしたが、里人たちはそれを理由に彼を拒むことはありませんでした。
数日後、男は無事に回復したと伝えられています。
病を癒した「ポーポー、ポーポー」という言葉

回復した男は、里人たちへの感謝の気持ちからか、病に苦しむ人のいる家を一軒ずつ訪ねるようになったといいます。
その治療方法は、きわめて簡素なものでした。
- 痛むところをやさしく撫でる
- その部分に息を吹きかける
- そして「ポーポー、ポーポー」と唱える
それだけで、不思議なことに病が癒えたと伝えられています。
里人たちは、この男を敬意を込めて「ポーポー様」と呼ぶようになりました。
ポーポー様は「名前」ではなかった
この伝承で特徴的なのは、ポーポー様について、「本名・出身地・年齢・容姿」といった個人的な情報が、ほとんど語られていない点です。
語り継がれているのは、
- 病を癒した行為
- その際に繰り返された言葉
のみです。
つまり「ポーポー様」という呼び名は、固有の名前ではなく、治癒の際に発せられた言葉から生まれた呼称であったと考えられます。
民間伝承の世界では、人物の履歴よりも、人々を救った行為や体験のほうが強く記憶されることは、決して珍しい事ではありません。
異文化的な治癒者としてのポーポー様
今回参考にした『本吉町誌Ⅱ』では、ポーポー様の伝承について、他地域に見られる異文化的な治癒者の事例にも触れられています。
日本語を話さず、意味の分からない言葉を唱えて病を癒す人物は、地域によってはキリシタン宣教師と解釈される例もあります。
ただし、本吉地域においては、
- キリシタンの存在を直接示す史料
- 宣教師の活動を裏付ける記録
はいずれも確認されていません。
そのため、ポーポー様を特定の宗教者と断定することはできず、異文化的な治癒者が民間に受け入れられた一例として理解するのが妥当でしょう。
「ポーポー」という音が残った理由
「ポーポー」という言葉については、ラテン語で「父」を意味する pater (パーテル:「父よ」という意)を繰り返し唱えた音が転じた可能性も指摘されています。
もっとも、これはあくまで音の類似から考えられる解釈の一つであり、断定できる史料は存在していません。
重要なのは、この言葉の意味そのものではなく、病が癒えたという体験とともに、その音が記憶されたという点です。
「墓」が伝えられているということ

本吉には、「ポーポー様の墓」として伝えられている場所があります。
このことは、ポーポー様が神や怪異としてではなく、人として弔われた存在であった可能性を示しています。
社や祭礼が残されなかった一方で、墓と伝承だけが語り継がれてきたことは、この人物が土地に生きた恩人として記憶されていたことを物語っています。
人を救った記憶の残り方
ポーポー様の伝承は、恐怖や怪異の物語ではありません。
それは、「吹雪の夜に、見知らぬ病人を受け入れ、その恩に報いた一人の異人と里人たちの記憶」が、「ポーポー」という言葉とともに残された民俗の記録です。
名も素性も分からないその人物は、今も本吉の地で、静かに語り継がれています。


















