
これも[かまくら]。“おーい、かまくらの権五郎!”と謎の呪文を叫ぶ「葛黒の火まつりかまくら」
目次
[かまくら]は秋田県独自の行事です。
[かまくら]といわれる理由はいくつかありますが、よく分かっていません。
[かまくら]は、かつては秋田県全域で行われていた小正月の行事でしたが、現在では過疎化や高齢化、金銭面などから開催を中止してしまったところも多く、
- 「横手(よこて)のかまくら」(横手市/横手市指定無形民俗文化財)
- 「六郷(ろくごう)のカマクラ」(美郷町/国指定重要無形民俗文化財)
- 「角館(かくのだて)の火振りかまくら」(仙北市/仙北市市指定無形民俗文化財)
- 「葛黒(くぞくろ)の火まつりかまくら」(北秋田市/北秋田市指定無形民俗文化財)
- 「仁井田(にいだ)の火振りかまくら」(秋田市)
- 「十二所(じゅうにしょ)のかまくらやき」(大館市)
などが[かまくら]と銘打った行事を開催しています。
※[かまくら]のという名称の由来に関しては当サイト↓「東北ろっけん雑学メディア NEFT(ネフト)」【かまくらの謎】秋田県の冬の風物詩[かまくら]は鎌倉幕府に関係がある?↓に詳しく解説していますので、ご参照ください。
[かまくら]の原点は“過去を燃やして新たな良い年を願う”行事
[かまくら]の歴史をひもとくと、いずれも『正月の休みが終わり、その年の五穀豊穣や家内安全などを願って、前の年に家々を守ってくれたお札や、その年の注連縄(しめなわ)などの正月用品を“燃やす“行事』がもとになっていることが分かります。その行事は、平安時代に宮中で始まった<左義長(さぎちょう)>という儀式です。それが時を経て全国に広がり、西日本では主に「左義長」、東日本では「どんと焼き」といった名称での行事として定着していきました。神社では「お焚き上げ」と呼ばれることが多いようです。
行事が伝承される間に、いろいろ変化した[かまくら]

[かまくら]は<左義長>がルーツと書きましたが、一番有名な「横手のかまくら」には<左義長>に当たる行事はありません。しかし、ルーツを探るとお札等を燃やす風習があったようですが、時を経るにつれて変化し、特に車の往来が多くなった1970年代には、大きな雪のドームが通行の邪魔という理由で、行事自体の縮小が余儀なくされてしまいました。その後雪のドームだけを数カ所に集めた現在の形になったのです。

横手以外の[かまくら]では、今でも“燃やす”行事が行われています。「六郷のカマクラ」では、<天筆(てんぴつ)>と呼ばれる“みぎあしあお(緑、黄色、赤、白、青)”の順に長くつないだ短冊に願い事を書き、最終日にはそれが<天筆焼き>として盛大に燃やされます。

一方「角館の火振りかまくら」、「仁井田のかまくら」、「十二所のかまくらやき」(大館市)には<天筆>の行事はなく、火のついた縄を振り回すのがメインとなっています。

「葛黒の火まつりかまくら」は小さな集落に残る謎の[かまくら]

最初に大きな雪洞を作り、鎌倉大明神をお祀りします。付近の山から切り出した10m以上ある大木に、稲わらや豆がらを巻きつけて立て、それをご神木と見立てて火をつけます。燃えさかる火に向かってこどもたちが大声で「おーい、かまくらの権五郎(ごんごろう)」と叫びます。

そこには天筆もなく、火のついた縄を振り回すこともしません。雪室もひとつ造りますが、それは氏神様を祀るためのものです。
過疎化やコロナ禍で中止を余儀なくされたが、住民の努力で復活

「葛黒の火まつりかまくら」は、300年ほど前に始まった行事と伝わり、1998年(平成10年)を最後に途絶えてしまいました。
しかし、住民の皆さんの努力で2014年に(平成26年)復活したのですが、コロナ禍でまたまた休止を余儀なくされてしまいます。2025年になってコロナ禍がある程度治まったこともあり、見事再復活、2026年も継続開催が決定しました。2026年は2月15日(日)の開催で、その後も毎年2月の第3日曜日に開催される予定になっています。

祭り当日、参加者が大声で「おーい、かまくらのごんごろう!」と叫ぶコンテストが開催されていて、人気のイベントとなっています。でも「おーい、かまくらの権五郎!」ってどんな意味があるのでしょうか。
実在の人物かも分からない謎めいた鎌倉権五郎景政
権五郎の正体ははっきり分かっていません。しかしご神体の鎌倉大明神は、本名を鎌倉権五郎景政(かまくらごんごろうかげまさ/生没不詳)といい、平安時代後期に勃発した後三年合戦(後三年の役/1083年~1087年)で活躍したと伝わる武将だといわれています。たぶん“権五郎”の正体は鎌倉権五郎景政だと考えられていますが、集落には“集落に住み着いた荒くれ者の権五郎を懲らしめるため、大木を権五郎に見立てて火をつけたところ、心を入れ替えた”(「葛黒の火まつりかまくら」あきた元気ムラ より)と言い伝えがあるようです。どっちが本当かは今では分かるすべはありません。
※「葛黒の火まつりかまくら」は、北秋田市指定無形民俗文化財です。
葛黒の火まつりかまくら Information
- 行事名:葛黒の火まつりかまくら
- 文化財指定:北秋田指定無形民俗文化財
- 所在地:秋田県北秋田市七日市葛黒
- 問い合わせ先:おさるべ元気くらぶ
- 電話番号:090-6101-8906
- 開催日:2月の第3日曜日・2026年は2月15日(日曜)
- URL:葛黒の火まつりかまくら
- アクセス:
- 公共交通機関/奥羽本線鷹ノ巣駅からタクシーで約30分
- 車/秋田自動車道大館能代空港ICから約20分
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かまくらと銘打たない、[かまくら]と同様の火まつり行事も
大仙市太田地区に伝承されるふたつの祭りは、天筆と一緒にご神木を燃やす行事が中心になっていますが、[かまくら]とはいわず、「火まつり」と呼んでいます。

「太田の火まつり」は、秋田県大仙市太田町太田(旧太田町)の太田ふれあいの里で毎年小正月の2月第1土曜日(2026年は2月7日)に開催され、古くからある<天筆焼き>を中心にして、“紙風船上げ”や花火を打ち上げなどで盛り上げるお祭りです。
「太田の火まつり」としての開催は2026年で44回目。<天筆>という願い事を書いた色紙をご神木とともに炊き上げる行事が中心の祭りです。天筆は祭り前に“みぎあしあお”の順に立てにつなげられた長い色紙に、地域内の小学生が願い事を書き長い青竹につけて準備します。
夜になると、ふれあいの里に立てられる、ワラを何束もくくりつけた“かまくら”と呼ばれる8メールほどのご神木に火がつけられ、集落から集められた天筆を燃やします。
太田の火まつり Information
- 行事名:太田の火まつり
- 場所:秋田県大仙市太田町太田字惣行小坂地内(太田ふれあいの里)
- 問い合わせ先:太田の火まつり実行委員会事務局(大仙市太田支所市民サービス課内)
- 電話番号:0187-88-1111
- 開催日:毎年2月第1土曜日・2026年は2月7日(土曜)
- URL:太田の火まつり
- アクセス:
- 公共交通機関/秋田新幹線・JR奥羽本線・田沢湖線大曲駅から車で国道105号経由約40分、秋田新幹線・JR田沢湖線・秋田内陸縦貫鉄道角館駅から車で県道角六線経由約25分
- 車/秋田自動車道大曲ICから約35分
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古くから伝わる“雪中田植え”も行う「田ノ尻の火まつり」

「田ノ尻の火まつり」は、大仙市小神成(こがなり)地域の田ノ尻(たのしり)集落で小正月に開催される<天筆焼き>を中心に開催される行事です。天筆の作り方は他と同じですが、天筆焼きに使用されるワラを巻きつけたご神木のことも“かまくら”ではなく[天筆]と呼ぶそうです。
「田ノ尻の火まつり」では古くから地区に伝わる<雪中田植え>も行われます。<雪中田植え>は、150年以上前から農家が行っていた田植え風景だったのですが、最近ではほとんど見かけなくなってしまい、この伝統を残したいと祭りの行事として加えたそうです。さらに、こどもたちも楽しめるように伝承にはなかった“紙風船上げ”も開催されています。

「田ノ尻の火まつり」は、2025年まで周辺の集落が協力して開催されていましたが、高齢化や過疎化などから2026年以降の開催が危ぶまれていました。しかし、なんとかこの伝統行事を開催し、後世に伝承していきたいとの思いから、2026年以降も田ノ尻集落のみで開催することが決まりました。
※2026年は2月22日(日曜日)開催(2027年以降の日程は未定)
田ノ尻の火まつり Information
- 行事名:田ノ尻の火まつり
- 開催地:秋田県大仙市太田町小神成田ノ尻
- 問い合わせ先:「田尻の火まつり」会長高橋
- 電話番号:090-7790-7930
- 開催日:2月中旬の日曜日・2026年は2月22日(日曜)
- アクセス:
- 公共交通機関/秋田新幹線・JR奥羽本線・田沢湖線大曲駅から車で国道105号経由約25分、秋田新幹線・JR田沢湖線・秋田内陸縦貫鉄道角館駅から車で県道角六線経由約18分
- 車/秋田自動車道大曲ICから約33分




![【かまくらの謎】秋田県の冬の風物詩[かまくら]は鎌倉幕府に関係がある? 横手4_旅東北1000](https://jp.neft.asia/wp-content/uploads/2025/08/a2674c8c7497fa159899e9b2a761c38f-150x150.jpg)


















