青函連絡船・八甲田丸のありし日の姿が蘇る!船内で悠久の歴史を感じよう【青森県】

青森駅から徒歩5分ほどで見えてくるのが青函連絡船の八甲田丸です。青函航路の青森から出発して函館に到着する便の最終となった船で、レモンイエローの船体が美しいです。

今では船ごと博物館になっていて、日本初の鉄道連絡船ミュージアムとして知られています。


八甲田丸を代表する青函連絡船の歴史

青森から函館の距離は約113km。この距離を3時間50分で結んでいたのが青函連絡船です。

その歴史は古く明治41年(1908年)から航行が始まりました。そして昭和63年(1988年)年の引退までに1億6000万に及ぶ旅客を運び、航行距離は8000万km(地球2019周分)にも達しました。

昭和63年(1988年)年に青函トンネルを通る鉄道・津軽海峡線が開業したことで、人や貨物を届けるという使命を鉄道に譲ることになりました。青函連絡船全体で見ると実に80年に及ぶ長い歴史の幕引きでした。

数ある青函連絡船のなかでも特に長い現役生活を送ったのが八甲田丸です。昭和39年(1964年)に就航し、23年と7ヶ月の航行を成し遂げました。


いざメモリアルシップ・八甲田丸の船内へ

ミュージアムとなった「八甲田丸」の入口は、当時の乗船客の入口をそのまま使っています。入場は2階で、多目的ホールやレストランがあります。ここでチケットを購入します。見学は3階からスタートとなります。

「津軽海峡文化コーナー」では、青森と北海道、樺太との交流の証ともいえる品々が展示されています。連絡船が活躍していた当時の人々の生活を思わせる道具や写真を見ることができます。

展示を見ていると、その時代の青函連絡船の中へタイムトラベルをしたような気分を味わえます。

「マリンワンダーランド」では、立体映像による迫力の海中散歩を満喫できます。上演時間は10分です。


見所は歴代の連絡線の模型たち

目玉は、「青函鉄道連絡船記念館」です。就航当時の貴重な資料や備品の数々が展示されています。

初代の「比羅夫丸」から始まり、歴代の勇敢な船の模型を鑑賞できます。特に悲劇の船ともいえる「第一青函丸」や「洞爺丸」の模型は感慨深いものがあります。

「第一青函丸」は、終戦直前である昭和20年に、グラマン艦上戦闘機300機の攻撃を受けて沈没をしました。「洞爺丸」は、昭和29年の大型の台風の影響で1430人の犠牲者を出して沈没しました。ありし日の鮮やかな姿が模型となって蘇っています。


青函連絡船・八甲田丸についてまとめ

数々の歴史をリアルに感じさせる展示が船内に置かれています。そういった物を眺めながら、実際に船の匂いや雰囲気を感じていると、当時の人々の思いや息遣いがなんとなく伝わってきます。

こういった感覚は、やはり実際に八甲田丸に乗ってみないと分かりません。そこでしかできない体験が、メモリアルシップ・八甲田丸にはあります。

展示室だけではなくて、「グリーン船室」や「寝台室」、「サロン会議室」、「事務長室」、「船長室」、「エンジンルーム」なども航行当時のままに残されています。もちろん見学可能です。船が活躍していた名残を見ることができます。

八甲田丸<Information>

  • 名  称:青函連絡船メモリアルシップ八甲田丸
  • 住  所:青森県青森市柳川1丁目112-15
  • 電話番号:017-735-8150
  • 公式URL:http://aomori-hakkoudamaru.com/

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