【山形・秋田編】東北六県の貴重な古流武術！今も伝承される特殊な技の数々とは？

帯刀コロク
2025.11.12
最終更新日: 2025.10.23

1 【山形県】抜刀術の元祖！長大な太刀を遣う「林崎夢想流居合術」
- 1.1 「至近距離の短刀攻撃を大太刀で止める」という課題
- 1.2 近世の居合術から現代武道の「居合道」へ
2 【秋田県】民俗行事に芸能として伝わる武術「棒踊り（直心流、荒木流など）」
- 2.1 シシ踊りの棒術に見られる、武術の名残り
- 2.2 武の力で「魔を払う」というまじないの要素も

武士の本分が戦うことにあったのは自明の理で、それゆえに歴史上数多くの武術が工夫研鑽されてきました。

古くは武芸全般のことを「弓馬の道」と呼んだように弓矢と乗馬は必須の技術で、さらにさまざまな白兵戦・格闘戦の心得も必要とされたのです。

俗に「武芸十八般」と表現されるように多岐にわたる戦闘技術が体系化され、有名なところでは剣術や柔術をはじめとして槍術・薙刀術・棒術など武器から徒手まであらゆる間合いでの武術が生み出されてきました。

一般的には明治以前に成立したこれらの武術を「古武道」と総称しており、幕藩体制の時代には各藩で多くの武術が教授され、武士たちを中心にその稽古が行われてきた記録が残っています。

そしてそれらの古流武術の中には今なお脈々と伝承され、現代でも実際に演武を見ることができる流派も少なくありません。

本記事ではそんな古武道のうち、東北六県に伝えられた特に貴重な流派について紹介したいと思います。

【山形県】抜刀術の元祖！長大な太刀を遣う「林崎夢想流居合術」

山形県からは、居合術の元祖とされる「林崎夢想流」をご紹介します。

出羽国楯山林崎（現在の山形県村山市林崎）に生まれた戦国時代～江戸時代初期の林崎夢想流武芸者、林崎甚助によって編み出された技です。時代劇や漫画などで見られる「居合」は、高速で抜刀してカウンターを取る武術といったイメージで描かれることが多いのではないでしょうか。

これは完全な誤りというわけではありませんが、実際には刀を鞘に納めたままの平常時に突然襲われた場合、ただちに抜刀して迎撃する技術と説明されるのが一般的です。「居ながらにして急に合する」「居合わせる」ことから「居合」と呼ばれ、いわば後の先（ごのせん）をとる護身的な技であるともいえるでしょう。

「至近距離の短刀攻撃を大太刀で止める」という課題

もちろん流派によっては積極的にこちらから攻撃する技の存在も考えられますが、ここでいう居合は迎撃の技術としての側面にフォーカスします。

それというのも、林崎甚助が開眼した居合術はある課題への一つの回答ともいえるからです。それは「至近距離から突いてくる短刀を大太刀で止める」というものです。

林崎夢想流で用いる太刀の刀身長は三尺三寸（約1ｍ）あり、江戸期に武士が帯刀していた標準的な大刀が二尺三寸～四寸（約69～72㎝）であることを考えるとその長大さがよくわかります。南北朝～戦国期にかけてはこのような大太刀も実戦で使われたとされており、これを携帯するシチュエーションが想定されています。

対する短刀は九寸五分（約29㎝）で、互いの間合いが接近した状態であれば大太刀を抜く間もなく短刀の攻撃を受けるのが常識的な結果といえるでしょう。

林崎甚助の居合術とは、こうした不可能にも思える難題に正面から回答した技であるとも言い換えられます。

林崎夢想流では長大な太刀を迅速に抜刀すること、そして短刀による初撃を確実に止めることを主眼に技が構成されています。1ｍにもおよぶ刀身をもつ太刀はよほど体格が大きくない限り抜くだけでも困難ですが、腰の回転や鞘の引き方など全身の動作を巧みに協調させることで瞬発的な抜刀を可能としています。

それゆえ居合のことを「抜刀術」ともいい、世界的にも珍しい戦闘技術の体系として完成されていきました。

当流は新庄藩（現在の山形県新庄市とその周辺あたり）で稽古された系統と弘前藩（現在の青森県津軽地方）に伝わった系統とが知られており、両者には若干の相違があるといいます。

近世の居合術から現代武道の「居合道」へ

林崎夢想流は居合の祖であるとされるため、後世に多くの流派に枝分かれしていきました。

居合全体として術技のスタイルに大きな変革があったのは江戸期に入ってからで、林崎夢想流で用いる長大な太刀から、近世の武士が用いた二尺三寸～四寸（約69～72㎝）の刀を使うように改めた流派が広がっていきます。殿中や室内での戦闘を想定して正座から始まる技も多く含まれることも特徴で、その際には刃を下にして腰に吊り下げる太刀ではなく、刃を上向きにして腰帯に差す打刀の使用が前提です。

このような流派の中にも、流祖を源流まで遡って林崎甚助とするケースが多くみられます。

ちなみに現在では現代武道の一つである「居合道」が全日本剣道連盟などいくつかの団体で統括されており、剣道とともに修行する剣士も存在しています。林崎甚助は自身が修行時代に参篭した故郷の林崎神社に合祀され、今では「林崎居合神社」と呼ばれて全国の修行者から崇敬されています。

なお余談ではありますが、林崎甚助が編み出した居合術は「鞘の内」という呼び方もされ、瞬時に抜刀して相手を斬り伏せることではなく、刀を抜くことなく争いを避けるのが無上であるといわれています。

Information

参考リンク：日本古武道協会 – 林崎夢想流居合術

【秋田県】民俗行事に芸能として伝わる武術「棒踊り（直心流、荒木流など）」

秋田県からは武士の間ではなく、民俗行事の一つとして伝承されてきた棒術をご紹介します。

これは主に八月のお盆時期を中心に五穀豊穣や祖霊供養などを目的に行われる「シシ踊り」、または「ささら」という三匹獅子舞いに芸能として付随しているもので、秋田県北部～中部にかけての事例が有名です。

東北ろっけん雑学メディア NEFT

【秋田のささら踊り：前編】「ささら踊り」のルーツ？ヒントは「獅子舞」と「ささら」

https://jp.neft.asia/archives/41654

秋田県には多くの民俗芸能や伝統行事が受け継がれています。「ささら踊り」（あるいは「ささら」）もそのひとつで、北秋田地方を中心に、秋田全土に受け継がれています（本稿では特別な場合を除いて「ささら踊り」と表記します）。「ささら踊り」は、以前は秋田県内で100以上の集落で舞われていたのですが、2013年（平成25年）に文化庁の地域伝統文化総合活性化事業として国際教養大学地域環境研究センターが行った調査においては、60近い「ささら踊り」や「ささら踊り」の原型と考えられている「獅子踊り」が記録されています。（2021...

日本の古武道における棒術といえば六尺（約180㎝）の規格が一般的で、ちょうど時代劇で奉行所や城の門番が手にして警護している姿がイメージしやすいのではないでしょうか。棒術は一部の例外を除いて主に下級武士が使ったとされ、槍や薙刀のように刃がないことから相手の命を奪うことなく制圧できるためいわゆる逮捕術としても用いられてきました。

これは旅行中の護身用脇差以外には基本的に武器の所持を禁じられた庶民にとっても有用であり、民間の武術としても浸透していたことをうかがわせます。

秋田県のシシ踊りという芸能に棒術が付随することは一見不思議に感じられるかもしれませんが、実は民俗行事においてはけして珍しい伝統ではありません。シシ踊りでは「棒遣い」や「棒術」といった名で呼ばれますが、他地域では「棒の手」や「棒踊り」などの呼称で芸能として棒術が伝承されているケースが散見されます。

シシ踊りの棒術に見られる、武術の名残り

シシ踊りに併伝される棒術は一人で形を演ずるものと二人一組で打ち合うものとに大別されますが、そのすべてがリアルな戦闘技術を思わせるものではないといいます。

しかしながら中には流派名や技名を記した文書が残されているものもあり、武術としての姿を色濃く残している例もあるのです。例えば仙北市西木町小山田の「小山田ささら」に伝わる古文書には「直心流」「眞影流」「直心荒木流」の名が見られ、同じく仙北市角館町広久内の『広久内ささら縁起』という文書には「心陰流」の文字が確認できます。

特に前者の小山田ささらにおける嘉永元年（1848）の文書『直心荒木流下巻』には技（形）と思われる49本もの名が記されています。そのうち説明文付きで冒頭にある7本を見てみましょう。

・投詰
・雲輪
・雲陰
・捕足
・移
・肝敢
・花桴

いかにも古流武術を思わせる名称ですが各説明文は技の詳しい内容ではなく、棒術で戦う際の心得などを比喩的に述べたものと考えられます。

また、これらの名称に続いて直心荒木流の由来について書かれている点もポイントです。

それによると当流の開祖は「武州住人荒木桂之助清継」という人物で、平泉で百日間の参篭修行を行った末に開眼したものであるとしています。古流武術の始祖譚として非常によく見られるパターンであり、さらにはそれ以降の伝承系譜までが記されているのも流派の伝書としての基本的体裁を備えているといえるでしょう。