
合気道の源流は会津にあり⁉大東流合気柔術と武田惣角【前編】|「合気道」と「合気柔術」その違い
目次
はじめに
オリンピックの種目として採用されている柔道をはじめとして、日本の武道は世界的な普及をみせ多くの愛好者たちによって研鑽されていることは周知の通りです。
明治以降に近代的体育の側面を強調しつつ形成された武道を現代武道と呼び、現在日本武道協議会には9種の団体が加盟しています(これ以外にも武道は多数あり)。
すなわち剣道・柔道・空手道・弓道・少林寺拳法・相撲・なぎなた・銃剣道・合気道で、いずれも武技をもとにして成立した歴史的背景を持ちながら、「人間形成の道」という精神修養の考え方を根幹としている点が特徴です。
なかでも合気道はさらに独特のスタイルを保っており、その一つに試合を行わないというものがあります(後発の会派や団体によって異なる)。競技を行わず形稽古による修行を積み、体格や年齢・性別を超えた護身的要素の強い技法群が印象的です。
開祖は和歌山出身の武道家・植芝 盛平(うえしば もりへい)。
技を掛けられた人が宙を舞うように受け身を取る様子は神秘的ですらありますが、実はこの合気道には源流となった武術があります。
その名は「大東流合気柔術」。会津に生まれた不世出の達人・武田惣角(たけだ そうかく)が伝えた技です。
本記事では著名な武道である合気道の源流となった大東流について、会津の武田惣角と紀伊の植芝盛平との関係を絡めつつ、その歴史や術にまつわるエピソードに迫ってみましょう。
合気道とは?
最初に、合気道とはそもそもどういった武道であるのかを概観しておきましょう。

年配の方や女性でも体格に優れた人を軽々と投げ飛ばすようなイメージがありますが、もちろん魔法やトリックなどではなく合理的な身体操作によって可能とする術技です。
そのごく大まかな部分について、以下でみていきましょう。
武技としての特徴
合気道は体術を中心とした格技であり、相手の逆関節をとって投げたり抑え込んで固めたりするスタイルに特徴があります。
大きくは柔術に類する技ですが現代柔道のように組み合った状態から戦うのではなく、相手に掴まれる、あるいは殴りかかられるなどの危機に対応するように形が展開していきます。

立ち技だけではなく座った状態での技がある点も日本武道独特の形式で、形の上ではパンチやキックといった当て身はほとんど見られません。ただし実際には技の流れの中で相手の体勢を崩したり虚をつくり出したりするためにそうした打撃が内包されているという見解もあります。
そのため技が始まる間合いはやや遠く、相手の関節を捻りながら投げるパターンが多く見られます。その結果として技を掛けられた側が無理に堪えると関節に甚大なダメージを受けるおそれがあるため、自ら跳ぶようにして受け身を取らざるを得ません。合気道のまるで宙を舞うかのような演武は、そうした技の特徴に立脚するものです。
自ら攻撃を仕掛けるのではなく、あくまでも相手の攻撃に対処する技が中心であることから護身術としての要素も強く、襲い掛かってくる相手の力を上手く利用して捌いたり投げたりといった術も目を引きます。
また、一対一だけではなく多数を相手取る多人数掛けという演武も存在します。
使用する武具

合気道は体術が中心ですが、「剣」や「杖(じょう)」といった武具を使用した技も伝わっています。
剣とはもちろん日本刀のことで、稽古には木刀を用います。杖はいわゆる棒術で、合気道では五尺(約150㎝)の樫の棒を使用します。
正確には剣対剣・杖対杖・剣対杖・徒手対剣・徒手対杖のパターンがあり、武器術や丸腰で武器を相手にする技法までが含まれるのは特筆すべき点と言えるでしょう。
それというのも、合気道は柔術系の格技でありながら、その理論は剣術のそれを応用したものと説明されることがあるためです。いわば剣を持たない剣術、剣がない場合の武技とも言い換えられる側面を持ち、そのため徒手の延長としての剣術あるいはその逆もごく自然な位置付けと考えられます。

また、技のなかには短刀を手にして襲い掛かってくる相手を制する「短刀取り」もあり、自然にそうした武器の取り扱いにも習熟すると考えられるでしょう。
剣や杖とは異なり独立した短刀術という括りで呼ばれることはありませんが、刃を上向きに構えての突きや逆手に持っての振り下ろし等々、いわゆる「懐剣術」に類する技法群を伝えている点も特徴的です。
合気道における「合気」とは
合気道および合気柔術がその名を冠する「合気」とはどういった意味の言葉なのか、この点についても概観しておきましょう。
結論からいうと非常に広範かつ複雑な意味を持つうえに、人によって解釈が異なることもあり統一的な定義づけが困難な概念です。
ただし一般論としては合気系の術理にみられる瞬間的に相手の力を無力化させたり、硬直したかのように関節や経絡を攻めて崩しにつなげたりといった、根幹を成す技法群の総称と捉えられるでしょう。
こうした合気の技によって一見神がかったかのような精妙極まりない身体操作を実現していますが、一方では精神的・哲学的な文脈においても用いられる言葉です。
合気道においてはそのような意味に比重が置かれているともいわれ、相手と衝突するのではなく和合する境地を至上とし、それを合気というと説明されることもあります。
大東流合気柔術とは?
一方、合気道の源流になったとされる大東亜流合気柔術とはどのような武術なのでしょうか。
流派名に「柔術」とあるように柔道の元になった古い武術の一種であることが想像できますが、やはり非常に独特なスタイルが確立された技法群を持つ点が特徴です。

流派の伝承では平安時代後期の武人である新羅三郎義光(源義光)を開祖とし、甲斐武田氏を経由して会津にもたらされ、「御式内(おしきうち)」なる殿中武術として秘密裏に伝わったとしています。
武田惣角は従来、その中興の祖であると伝承されてきました。
記述が少し長くなりますが、以下に合気道との対比に主軸を置きつつ、その概要を見ておきましょう。
武技としての特徴
大東流合気柔術は合気道のルーツの一つであることから、やはり逆関節や経絡を攻めての投げ技や固め技が目を引く武技です。
技術の根幹を成す合気の術理によって瞬間的に相手の力を削いだり硬直させたりするかのような崩しを行い、無力化して制圧する点に特徴があります。
ただしあくまで武道ではなく武術であることから競技でないことはもちろん、体育的な位置付けでもなく展開される技には危険を伴うものが多いイメージです。
たとえば古流柔術にはパンチやキックなどの当て身技がみられますが、大東流もこれを行います。合気道では目立った形の上では当て身が多くみられないのに対して印象的な違いであり、より激しく厳しい古式の戦い方を感じさせます。
投げ技についても合気道では大きく飛ぶように受け身を取ってある意味で優雅な風情があるのに対し、大東流では真下に突き落とすかのような鋭く強力な投げ方をする印象です。
固め技でも合気道では固めた状態で残心するのに対し、大東流は必ずといっていいほど手刀で首筋の急所を打つ形を示すなど、いわゆる止めを刺すまでが一連の流れとなっています。これは素手ではなく武器を持っている場合の想定でもあるといい、武士が戦場で組討ちをしていた頃の記憶を受け継ぐ、まさしく古いスタイルの武術らしさを思わせる技であるといえるでしょう。
使用する武具
大東流合気柔術では合気道同様に剣・杖(じょう)・短刀に加え、六尺棒や槍まで使用するなど古武術によく見られる総合的な戦技としての側面も感じられます。
合気道が体術でありながら剣術の理論を多分に含んでいることは先述した通りですが、大東流も同様でこれを広めた武田惣角は小野派一刀流の達人でもありました。
そのため大東流の伝系のうちには一刀流の剣術を併せて伝える道場も存在しています。

また、珍しいところでは大刀による二刀流や鉄扇を用いる術まであるそうです。
二刀といえば通常は片手に大刀、もう一方の手に小刀を構えるもので、現代剣道で行われる二刀流もこの様式に則っています。
両手に大刀という大東流のスタイルは非常に珍しいものといえますが、それというのも一対多数でしかも敵が剣を持って襲い掛かってくるシチュエーションで、相手の武器を奪いながら次々に無力化していき結果として大刀による二刀になるといった技の流れもあるようです。合気道もそうですが源流となる大東流でも相手の武器を取り上げて制するといった、戦況に即応する柔軟な技の展開が目を引きます。
鉄扇については実在する道具で、たとえば茶室のように一切の刃物を持ち込めず丸腰となった際に護身に用いるものです。
これには扇の骨だけが鉄製のものや、畳んだ扇の形をして実際には開くことができない鉄製品などのパターンがあります。非常に短い武器としては「十手」や「ひしぎ(木製の短棒)」といった武術があり、鉄扇もこれらに類する技法によって用いられるのが一般的です。
体裁としては武器ではないため肌身離さず持ち歩くことができる反面、強力な打撃や関節を極める際にも使えることから、大東流の技法とは非常に親和性の高い護身具であることがうかがえます。
合気柔術における「合気」とは
「合気」という言葉を流派名に用いた元祖は大東流であり、当然ながらその概念もこちらが本家であると考えられます。
ただし先にも述べたように合気とは非常に広範な意味を含むうえ、個人によって少しずつ解釈が異なる面もあるため統合的な定義づけは困難かつ難解である部分は否めません。
合気道との対比でいえばこちらが到達すべき境地といった哲学的な面にフォーカスしているのに対し、大東流はより技術的な文脈で捉えることが多いようです。
合気は本来的には剣術で多く使われた用語であるともいわれ「相気」の表記も存在します。
武術でよく用いられる「気」の考え方も包括するものですが、攻撃の意思や戦闘中の心理的作用、または肉体的・精神的な反射・反応が動作にもたらす現象などこれも幅広く難解な概念です。
門外漢ではなかなか言語化が困難であるものの、技術の面に焦点を当てると相手が腕などを掴んできた瞬間、逆に腕が伸び切って硬直し直後に投げ飛ばされてしまうといったシーンをイメージできるのではないでしょうか。
あるいは衣服を掴まれた際にほんの少し体を捩るようにしただけで相手を投げ飛ばすなど、まるで魔法のような演武を目にしたことがあるかもしれません。
にわかには信じがたいような現象ではありますがトリックではなく、合理的な身体操作が可能とするれっきとした技術です。
非常に大雑把なたとえの一つですが、仮に相手が思い切り体重をかけてこちらの腕を押し下げようとしたとき、力を入れて耐えた直後に完全に脱力したとしたらどうでしょうか。
相手は重心の制御を失って自ら転倒してしまうかもしれません。
合気と呼ばれる技法の一面ではこのような状況を意図的につくりだし、鋭く最小限の動きで同様のことを行うケースがあります。
相手の反射や重心を瞬時にコントロールし、関節や骨格など人体の摂理に従って無力化していく技法の総体が、大東流の合気に対する説明の一部といえるでしょう。
繰り返しになりますがこうした例えや定義は氷山の一角であり、心理的・宗教的な作用を含む部分はまさしく深淵としか表現しづらい点には注意が必要です。






















