
青森県には古代種のライオンがいた?2026年1月に衝撃の研究結果が発表されました!
目次
「日本の化石トラはライオンだった」
2026年1月、衝撃の研究成果が発表されました。
しかもその研究対象として、青森県下北半島尻屋崎(しりやざき/東通村)から発見された化石が貢献していました。
尻屋崎などで発見された大型ネコ科動物の化石のDNA等がライオンと一致
今までは日本各地で発見された大型ネコ科の化石は獅子、トラ、ヒョウなどと呼ばれていたのですが、旧石器時代末期に日本では絶滅してしまったというのが定説になっていました。
2026年1月26日(ニューヨーク時間)、日本の総合研究大学院大学や中国、デンマーク、英国、ハンガリー、米国の国際共同研究チームが、世界でもっとも権威のある学術雑誌のひとつ『アメリカ科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America)』に今までの定説を覆す論文を発表しました。
これが「日本の化石トラはライオンだった」というものです。

今回の研究ではトラといわれていた日本中の化石26点を集め、比較的状態の良い3地点(青森県尻屋崎、静岡県浜松市、山口県美祢市)から出土していた化石5点を詳細に調べています。
その結果、化石から抽出された古代DNA・古代タンパク質などの配列が、旧石器時代にユーラシア大陸北部やアメリカ大陸北部に生息していたライオン(ホラアナライオン)のものと一致したのです。
少なくとも「尻屋崎、浜松市、美祢市にはライオンがいた」ということが証明されました。

出典:The Japanese Archipelago Sheltered Cave Lions, not Tigers, during the Late
Pleistocene(日本の化石トラはライオンだった)2026年1月26日 総合研究大学院大学
旧石器時代にはユーラシア大陸・北アメリカ大陸にも生息していたライオン
トラとライオンはネコ科(Felidae)ヒョウ属(Panthera)の仲間で、約260万年前から生息しているといわれています。
現在トラと呼ばれる種にはベンガルトラやアムールトラ(シベリアトラ)、スマトラトラがいますが、生息域はインド、ネパール、バングラデシュ、ブータン、中国、タイ、マレーシアほか(以上ベンガルトラ)、ロシア(アムールトラ)、インドネシア(スマトラトラ)などアジア大陸の東部地域に限られています。
生息数は、20世紀当初までは10万頭ほどいたのですが、現状はベンガルトラが3400頭あまり、アムールトラ約360頭、スマトラトラは250頭以下にまで減少しているといわれています。(生息数はWWF=世界自然保護基金2026年版による)
一方ライオンは、アフリカ(アフリカライオン/生息数推定約2万~2万5000頭)とインド(アジアライオン/生息数891頭)のほんの一部の地域に限られて生息しています。(アジアライオンの生息数は第16回アジアライオン個体数調査2025年による)

旧石器時代にはトラやライオンは非常に多くの頭数がいました。
トラは主にアジア南部地域に、ライオンはアフリカからユーラシア大陸に進出し、その北部からアラスカ、アメリカ大陸北部に生息域を広げていました。
ライオンは3種類いたといわれ、アフリカから中東地域には今のライオン(Panthera leo)、ユーラシア大陸北部にホラアナライオン(Panthera spelaea)、アメリカ大陸北部はアメリカライオンが棲んでいました。
しかしホラアナライオンとアメリカライオンは1万3000年前頃には絶滅してしまったのです。
氷河時代、日本列島はホラアナライオンの生息域の東端に位置していた
ライオンは現在ではもっとも暑いアフリカ中部とインドの一部のみに棲む、暑さにもっとも強い動物の一種になっていますが、氷河時代に北へ進出していったグループは、地球上の最北地域に棲むことを選び、寒さに非常に強い動物へと進化していったようです。
日本では、すぐ隣の朝鮮半島や中国には1920年代までアムールトラが生息していて、旧石器時代の化石も見つかっていることから、日本各地で出土していたネコ科大型動物の化石は朝鮮半島経由で渡来した“トラ”のものと考えられていました。
しかし、今でこそお互いの生息域は300km以上離れていて重なってはいませんが、最近の研究で氷河時代は北部を居住地域とするホラアナライオンと南部のトラが居住地域の取り合い(ライオン・トラ移行地帯)を繰り返していたことが分かり、日本はその東端に位置していたのです。
それに加え以前からロシア極東部ナホトカ近郊からホラアナライオンの化石が発見されていたことが今回の大発見につながるきっかけでした。
この疑問を解明すべく、総合研究大学院大学をはじめとする米国の国際共同研究チームは、最近より正確な判定ができるようになった[古代DNAおよび古代タンパク質の分析技術]を駆使し、日本にもホラアナライオンが棲んでいたという今回の結論を導き出したのです。
集団で狩りをしていたホラアナライオン
ホラアナライオンは氷河時代にはヨーロッパからアジアまで、ユーラシア大陸北部の東西にわたって広く分布していました。

日本へはおそらく7万3000年から3万8000年ほど前に、ユーラシア大陸から何らかの方法で渡ってきたと考えられます。
今までユーラシア大陸などで発掘されているホラアナライオンの化石は現在のライオンより一回り大きいのですが、今回見つかった日本の化石は世界で一番小さいホラアナライオンだったようで、比較的暖かい時期は草原で暮らし、現在と同じように集団で狩りをしていたと思われます。

©群馬県立自然史博物館(収蔵:東京国立博物館)
毛が長く、たてがみはなかったか短く、極寒期や出産期には名前の通りホラアナ(洞穴)で過ごしていたと考えられていますが、餌の減る極寒期の過ごし方や環境にどう対応していたかは解明されていません。
シベリアの凍土からほぼそのままの姿で冷凍保存されたホラアナライオンの遺体が見つかる
シベリアでは氷河期のホラアナライオンのこどもが2頭、凍土の中からひげまで残る姿のまま発見されています。
1頭は2017年に発見された“スパルタ”で、約2万8000年前の凍土の中に埋まっていました。
さらに2018年にスパルタからわずか15m離れたところから見つかった2頭目“ボリス”は、年代測定の結果約4万3000年前のものだったのです。
まだ生後1~2ヶ月の幼獣ですが、今後ホラアナライオンに関しての生態が解明されてくることを予感させてくれます。(CNNニュース「氷河期のホラアナライオンのこども、ひげまで残る完全な姿で発見 シベリア」 2021年8月6日)
尻屋崎は動物や石器などの出土物が多く、日本の旧石器時代を研究する素材の宝庫。

青森県と北海道の間には水深140メートル以上という津軽海峡があり、動物たちの交流は断絶されています。
ブラキストン線と呼ばれ、ツキノワグマが本州側で、ヒグマは北海道といった、津軽海峡を境にして動物相(動物の種類)が大きく異なる現象のことですが、氷河時代の最終氷河期と呼ばれる非常に寒い時代には、水面が凍り氷の橋(氷橋)ができていたともいわれています。

©青森県立郷土館
そのため少しでも暖かいところを目指す動物たちがユーラシア大陸からサハリン・北海道を経由して本州へ渡ってきました。
尻屋崎も動物たちの玄関口になっていて、ヒグマ等とともにホラアナライオンも渡ってきたと推測できます。
それだけだと津軽半島や下北半島は南へ向かう動物たちの単なる通過点になってしまうのですが、尻屋崎には石灰岩が露出していました。
石灰岩の地層は地表に割れ目や穴が多く、動物たちは度々そこに転落してしまったと考えられ、尻屋崎の化石はその溝の中から数多く発見されています。
また、尻屋崎は日本有数の工業用石灰の産地として大規模な採石場が稼働しています。

©青森県県立郷土館
採掘されたものや、坑道の中からもナウマンゾウやヒグマといった大型哺乳類から、オオカミ、キツネ、ネズミなどの小中型哺乳類、イルカやオットセイなどの海獣類、それにカタツムリなど、当時生息していたさまざまな生き物の化石が出土しています。
まさに尻屋崎は化石の宝庫なのです。
今回、ホラアナライオンと定義づけられた化石も尻屋崎化石群のひとつでした。
尻屋崎<Information>
- 名 称:尻屋崎
- 住 所:青森県東通村尻屋崎
- 観光名所:尻屋崎灯台・寒立馬(かんだちめ)・物見崎(ものみざき)
- 電話番号:0175-27-2111(東通村商工観光グループ)
- 公式URL:東通村公式HP – 尻屋崎
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