
遠野の五百羅漢とは?宝暦の飢饉の供養として造られた遠野の石仏群【岩手県遠野市】
岩手県遠野市綾織町の山間に位置する「五百羅漢(ごひゃくらかん)」は、江戸時代後期に建立された石仏群。

現在は遠野市の観光スポットとして知られていますが、その背景には厳しい飢饉によって亡くなった人々の供養という、当時の遠野の人々の願いが深く刻まれています。
寺院を持たない五百羅漢、その目的は?

一般的な五百羅漢は、寺院の境内に建立されることが多く、本堂や羅漢堂と呼ばれる専用のお堂の内部に安置される場合や、参道や石段沿いに多数の羅漢像を並べ、参拝しながら順に拝観できる例も各地で見られます。
一方、遠野市の五百羅漢は寺院境内ではなく何気ない山間の岩場に自然岩を利用して造立されていて、その異色の光景は「遠野遺産(認定番号162)」に指定されています。
遠野遺産リスト
遠野市の五百羅漢の誕生には、「宝暦の飢饉」が大きく関わっているとされています。
宝暦の飢饉は江戸時代に発生した飢饉で、宝暦5年(1755年)から翌年にかけて主に東北から北関東で被害が拡大、民衆生活に甚大な被害を及ぼし、近世後期の東北・北関東地域を衰微させたとも言われる飢饉です。
遠野領内では餓死者2,500人、行方不明者494人、死馬2,000頭が確認され、その後もしばらく凶作が続いたとされています。
この度重なる凶作による多くの犠牲を供養するため、天明3年(1765年)に大慈寺19代・義山(ぎざん)和尚が、大小500の自然石に阿羅漢像を彫り続けたのが現在の遠野の五百羅漢とされています。
阿羅漢(羅漢)は悟りを開いた高僧を指す仏教的存在であることから、飢饉の犠牲者たちを弔い、来世の安寧を願うため、慈悲と救済の象徴として羅漢像が選ばれたと考えられています。
自然の岩に彫られた独特の景観

上述の通り、全国の五百羅漢の多くが寺院境内に整備されているのに対し、遠野では山間の岩場の自然岩そのものを利用している点が大きな特徴です。
他にも、同じ綾織地域には弁慶が重ね合わせたといわれる巨大な奇岩「続石(つづきいし)」なども存在し、遠野地域の自然信仰と仏教の関わりの一端を見ることができます。
表情で楽しむ羅漢像4選

自然の岩と一体化した遠野の五百羅漢ですが、見逃せない魅力があります。それが一体ごとに異なるように見える「羅漢像たちの表情」です。
もちろん、建立当時の記録に「どんな感情を表した像か」が残されているわけではありません。しかし実際に現地を歩いてみると、穏やかに見える像、厳しい表情に見える像、どこか物思いにふけっているように感じられる像など、それぞれに異なる印象を受けます。
五百羅漢は“悟りを開いた修行者たち”を表した存在ですが、遠野の羅漢像にはどこか人間らしさも感じられます。
静かな岩場の中で一体ずつ眺めていると、まるで表情を通して当時の祈りや供養の思いが伝わってくるようです。
そこで、現地で見つけた「印象的な表情の羅漢像」をいくつか紹介していきます。




最上部には賽銭箱が置かれた岩穴も

五百羅漢の乱立する山間の岩場の斜面を登っていくと、最上部付近には人が入れるほどの岩窟があり、その内部に賽銭箱が設置されています。
この場所について詳しい由来を説明する公式資料は確認されていませんが、現在でも手を合わせていく人がいることから、拝殿として大切にされている様子がうかがえます。
自然の岩場そのものを供養空間として利用している、遠野らしい風景のひとつと言えるかもしれません。
五百羅漢<Information>
- 名称:五百羅漢(ごひゃくらかん)
- 所在地:岩手県遠野市綾織町新里31地割
- アクセス:JR遠野駅から車で約15分
- 駐車場:あり(無料)
- 拝観料:無料(2025年時点)
- 公式URL:遠野時間(五百羅漢)
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