
世界で唯一のマチュピチュ村との友好都市締結された村?ユニークな魅力と縁がてんこ盛りの「大玉村」を紹介【福島県大玉村】
目次
福島県の中央部「中通り」に位置する大玉村。
主要幹線道路が通るアクセス抜群のエリアでありながら、沿道には「日本で最も美しい村」の看板が掲げられ、農産物直売所には突如「マチュピチュ」コーナーが現れる…。
マチュピチュ…マチュピチュ!?
今回は福島県ののどかな町と知られざる南米ペルー共和国マチュピチュ村との深い縁をご紹介します。
安達太良山が育む「日本で最も美しい村」の景観、大玉村

大玉村は、かつての玉井村と大山村が合併して誕生した村です。
商業都市の郡山市、県庁所在地の福島市にほど近く、二本松市や本宮市に隣接するこのエリアは、国道4号や東北自動車道が縦断する交通の要衝でもあります。
村の北西に堂々とそびえ立つのは、日本百名山の一つに数えられる、標高約1,700mの安達太良山(あだたらやま)です。この山から流れ込んでくる冷たい風は「安達太良おろし」の名で知られます。村の主幹産業は農業であり、安達太良山から流れ出た肥沃な水と清らかな水が、おいしい米を育てます。
また、大玉村は、NPO法人「日本で最も美しい村」連合が管理する「日本で最も美しい村連合」に加盟しています。
山の懐深い森林から、山裾へ向かってなだらかに広がる田畑へのグラデーション。初夏は水がはられた田んぼが銀鏡となり、秋が近づき色づいた稲穂が黄金色に揺れる様子は海外の広大な小麦畑を彷彿させます。自然と人の営みが溶け込む景色の美しさが、村の大きな魅力です。
のどかな村に突如現れる「マチュピチュ」の謎

のどかな田園風景が広がる大玉村で、突如として目にするカタカナ言葉。大玉村の農産物直売「あだたらの里直売所」には、「マチュピチュ」グッズが並ぶコーナーが常設されています。
そもそもマチュピチュとは、南米ペルー共和国のマチュピチュ村のこと。世界遺産に指定されている天空都市として有名ですね。
大玉村は、世界で唯一「マチュピチュ村と友好都市締結をしている自治体」なのです。
なぜ、大玉村とマチュピチュ村が?
不思議に感じる方も多いでしょう。実は、この縁をつないだのは大玉村出身の移民「野内与吉氏」の功績です。
マチュピチュの発展に生涯を捧げた日本人

今となっては南米ペルーの世界遺産として一度は訪れてみたい観光スポットとなっている空中都市マチュピチュは、1911年にアメリカの考古学者ハイラム・ビンガムに発見され、その後長い間秘密のベールにとだされていました。
そんな中、現地にて水路やダム建設、発電所を建設し、さらにホテルや学校の建設等からマチュピチュ遺跡を世界遺産までに仕立て地元住民の雇用を生み、ペルー観光の発展に大きく貢献、そしてマチュピチュ村を創り上げたのが福島県安達郡大玉村出身の野内与吉氏です。
1859年生まれの野内与吉氏は裕福な農家生まれですが、当時のゴム生産の景気に乗り、南米で成功したいという大きな野望を胸に家族の反対を押し切りながら21歳という若さでペルーに渡ったとされています。
時代は1923年、与吉氏はブラジル、アメリカに、ボリビアと放浪生活をしますが、再びペルーに戻り、ペルー国鉄のクスコーサンタ・アナ線に勤務、ここでは電車の運転や路線拡大工事に携わります。
クスコとマチュピチュ区間の路線が完成すると、前年に、マリア・ボルティージョと結婚した与吉氏は、マチュピチュに住居を構えることになります。

当時ペルーでも階級意識は高く、日本人移民たちも当然ながら最下層扱いで差別されていましたが現地の村人は与吉一家を家族のように迎え入れ、食料不足の中でも心良く食料を分け与えてくれたとされています。
そんな親切心に与吉は、「今度は自分がこの地に恩返しをする番」と考えました。
もともとの手先の器用さから、村の工事に役立つ様々な工具類を製造し、村人たちと川から水を通し農業生産を増やし、またその水をダム建設でせき止め、発電所まで建設し電気を村にもたらし、さらには与吉が木の伐採中に温泉を発見し、そこで、マチュピチュ遺跡と温泉で観光客向けのホテルを1935年に建設しました。
木造3階建てで21部屋もあるホテルで、その名を「ホテル・ノウチ」と言い、宿泊施設ははじめ、館内に郵便局や裁判所、村長室など街のインフラ整備にも力を入れ、マチュピチュの基礎を築きあげました。
時は経ち、53歳になった与吉は1941年から2年間マチュピチュ村の初代村長をつとめています。
その後、1958年に三笠宮さまがマチュピチュ遺跡をご訪問の際に与吉さんの娘さんが花束を贈呈したという記事を日本にいた与吉さんの親族が知り、それがご縁で1968年、半世紀ぶりに故郷の福島へ帰郷しています。
当時の日本では「現代の浦島太郎」として話題になりました。
それから親族は与吉さんの日本永住を希望しましたが、本人はペルーに戻り、その僅か2カ月後の1969年8月29日に家族や村人に見守られながら生涯を終えられました。
その後、与吉氏はペルーマチュピチュでの功績をたたえられ、マチュピチュ村側から出身地の大玉村へ「初めての友好都市締結の申し入れ」を受けることになります。さらに、野内与吉氏の孫にあたる野内セサル良郎氏が日本とペルーをつなぐ活動をしていたことも後押しとなりました。
平成24年6月に大玉村内外の有志が、村長の親書を携えてマチュピチュ村を訪問。
そして、平成28年に友好都市締になりました。
その縁が基となり、あだたらの里直売所のマチュピチュコーナーには、ペルー産の「インカコーラ」や、スーパーフードとして注目されている「キヌア」が入ったクッキーなど、現地関連の商品が多数並んでいます。二つの国が、一人の功績によって縁を結んだ。まるで映画のようなドラマチックなストーリーに深みを感じながら、商品を手に取ってみると、感慨深く感じるかもしれません。
あだたらの里直売所<Information>
- 名 称:あだたらの里直売所
- 住 所:〒969-1301 福島県安達郡大玉村大山新田10−1
- 電話番号:0243482317
- 公式URL:https://adatarano-sato.com/
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ショッピング・グルメ・アウトドアと施設も充実
そんな大玉村は「暮らす」視点でも非常に魅力的なエリアです。
巨大ショッピングセンター「PLANT-5」は、食料品から日用品、家電、書籍、衣料品まで網羅しており、食料品と一口に言っても、生鮮野菜・鮮魚・フルーツスタンド・膨大な量の惣菜が並びます。ベーカリーコーナーには、焼き立てパンやピザ、ハンバーガーショップまで完備。一店で、全ての買い物が完結する利便性があります。
PLANT-5<Information>
- 名 称:PLANT-5
- 住 所:〒969-1301 福島県安達郡大玉村大山仲江271
- 電話番号:0243682911
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村内はグルメスポットも充実。地元民に愛される蕎麦屋・洋食店・ラーメン店などが目白押しです。中でも注目は、ベーカリーカフェ「向山製作所 大玉ベース店」です。向山製作所は、精密機械加工業から一転、大ヒット商品の生キャラメルをはじめとする菓子製造で大成功をおさめた企業です。カフェテラスでは、旬のフルーツをふんだんに使った、目にも鮮やかなスイーツも堪能できます。
向山製作所 大玉ベース店<Information>
- 名 称:向山製作所 大玉ベース店
- 住 所:〒969-1301 福島県安達郡大玉村大山新田8−1
- 電話番号:0243247297
- 公式URL:http://www.mukaiyama-ss.co.jp/info/ootama.html
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そして、県内外にファンをもつ「ふくしま県民の森フォレストパークあだたら」も見逃せません。野鳥観察などを楽しめる気持ちの良い自然環境。そしてキャンプ初心者も手ぶらで泊まれるコテージから、本格的なキャンプサイトまで完備。さらには施設内には温浴施設あり。キャンプも風呂も同時に楽しめる、贅沢感とお得感がある癒しスポットです。
大玉村を訪れる際は、ぜひ立ち寄ってみてください。
ふくしま県民の森フォレストパークあだたら<Information>

- 名 称:ふくしま県民の森フォレストパークあだたら
- 住 所:〒969-1302 福島県安達郡大玉村玉井長久保68
- 電話番号:0243482040
- 公式URL:https://www.fpadatara.com/
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大玉村を楽しもう!
今回は多角的な魅力をもち、世界でも稀な繋がりをもつ福島県大玉村をご紹介しました。
美しい景観、ドラマチックな歴史、そして充実したコンテンツをもつ大玉村は、一度訪れるだけでもそのおもしろさが深く伝わってくる村です。週末のリフレッシュのためのお出かけスポットとして、家族と過ごす思い出の地として、ぜひ楽しんでみてはいかがでしょうか。






















