青森県の旧石器時代イメージ(石灰岩と化石)

【青森県の旧石器時代遺跡:後編】動物化石の宝庫「尻屋崎」では石灰岩のアルカリ性が化石を保護していた!

青森県では旧石器時代の遺跡が30か所あまりと、他の自治体に比べ極端に少ないのですが、その理由は【青森県の旧石器時代遺跡:中編】で詳述しました。

その中で、今まさしく世界的に注目されている旧石器時代の遺跡や動物化石の宝庫といわれる場所があります。それは下北半島の東の突端にある尻屋崎(しりやざき)です。


尻屋崎の石灰岩層が動物たちの骨を守ってくれた

尻屋崎といえば、観光的には「尻屋崎灯台」「寒立馬(かんだちめ)」で知られる風光明媚な岬なのですが、地質的には石灰岩層がある日本有数の石灰岩産地なのです。それがどのくらいなものかは国土交通省の航空写真を見れば納得できます。

下北半島尻屋崎。白い部分が動物化石が出土している地表に露出した石灰岩層 ©国土地理院

その石灰岩層は約1億5000年も前の地層に含まれているもので、地表に表れている部分には多くの深い亀裂があるのが特徴となっています。

下北半島や津軽半島などの最北の地を含め、本州以南の平地は沿岸に南から暖気を運んでくる海流(親潮/対馬海流)の影響で凍結しませんでした。また、日本海はほとんど凍りついていたにも拘らず雪は少なかったのです。

そのため下北半島にはナウマンゾウやヒグマ、バイソン、ヤベオオツノジカ、ライオンなど大型の哺乳類やオオカミ、キツネ、タヌキ、それにオットセイなどの海獣類などさまざま動物たちが生息していました。

北海道から渡ってきた動物もいたと考えられています。

石灰岩のアルカリ性が酸性土壌で溶け出す骨をガード。化石化を促進

尻屋崎には地殻変動などによって地表近くに石灰岩の層が露出していたため、石灰岩にできている溝に落ちて命を落とす動物が多くありました。それらは長い年月をかけて化石となり、今に発見されているのです。

ナウマンゾウ右上顎第1大臼歯 ©青森県立郷土館
ニホンジカ右距骨 ©青森県立郷土館
ヒグマ右上顎犬歯 ©青森県立郷土館

石灰石はアルカリ性で、その溶け出した水は上に積もった酸性の火山噴出物を中和してくれます。

骨は酸性だと溶けてしまいますが、中性の液体に守られて溶解を免れたのです。さらに石灰の粉が骨の細かい穴に入り込み骨を化石化してくれました。

尻屋崎
尻屋崎にある尻屋・尻労地区の地形と化石産地 ©青森県立郷土館

古くから動物化石が見つかっているのは尻屋崎の海岸に露出する石灰岩の崖からで、以前は地元のこどもたちが化石とは知らずに普通に持ち帰っていたようです。

学術的に注目されるようになったのは1958年に日鉄鉱業尻屋鉱業所が操業を始めてからで、露天掘りされている石灰岩の中から多くの骨や歯の化石が見つかっています。

採掘場下北半島の北側(尻屋地区)と南側(尻労[しつかり]地区)の海岸近くにあり、現在では採掘会社の協力で坑道内にも立ち入って調べを進められるようになりました。

気候変動について行けず絶滅した大型動物

野尻湖ナウマンゾウ博物館
長野県信濃町にある「野尻湖ナウマンゾウ博物館」に展示されているナウマンゾウの想像模型

尻屋崎で発見されたナウマンゾウやライオン、オオツノジカ、ヒグマなど大型動物の化石は、現在は絶滅してしまったか、本州以南では生存していない動物ばかりです。

その反対にヒトを含む中型以下の陸上動物や海洋動物はほとんどが現存しています。その理由は氷河期からの急激な温暖化が進んだ地球環境に対応できるかできなかったかの違いだといわれています。


旧石器時代のヒトと動物の関わりが分かるかもしれないと期待される「尻労安部洞窟」

尻労安部洞窟
ヒトが生活していた痕跡が残り、同時に動物の化石も多数出土。旧石器時代にこの洞窟でヒトが動物を加工していたかもしれない ©慶應義塾大学文学部 民族学考古学研究室

尻労安部(しつかりあべ)洞窟(安部遺跡)は、下北半島の北東端にある尻屋崎灯台にほど近い標高33mほどの河岸段丘上にある洞窟で、さまざまな石器とともに大小の動物化石が多数出土しています。

2002年から始まった発掘以降、人類と動物の関係を知る上での重要な遺跡として2025年現在も調査が続けられています。

洞窟からは旧石器時代のものと思われるナイフ型の石器などが出土し、人が生活していたことが分かりました。

さらに、石器が出土した同じ場所からは大小の動物化石が発見されたのです。動物化石は詳しい検査の結果約2万年前のものと分かり、この場所ではヒトが動物を捕獲し何らかの加工をしていたと考えられています。

旧石器時代のヒトはウサギなどの小動物を食料にしていた

洞窟内に埋まっていた動物化石(種類は不明) ©慶應義塾大学文学部 民族学考古学研究室

2万年ほど前の旧石器時代、ヒトは1か所に集まって暮らしていたわけではなく少ない人数で動物たちを追いかけて移動する狩猟生活をしていたと考えられています。

洞窟は短い期間の基地として利用していたもので、ウサギなどの小動物を食料としていたことも分かったのです。

旧石器時代のヒトの化石が出土することを世界が期待

オオツノジカの化石
洞窟内から発見されたオオツノジカの化石 ©慶應義塾大学文学部 民族学考古学研究室

「尻労安部洞窟」から出土した動物化石は、大型なヒグマやオオツノジカ、カモシカ以外はウサギが最も多く、ほかはネズミ類、リス類、タヌキなどの小動物です。

しかし、周辺の地層からは、ナウマンゾウやヤベオオツノジカ、ホラアナライオンなどの化石も見つかっています。ナウマンゾウやホラアナライオンは地球の温暖化とともに完全に絶滅してしまったのですが、日本にいたのはその寸前の姿だったのでしょう。

他の地域では絶滅しているのに日本では何千年かの間生存していたとも考えられています。しかしながら旧石器時代の人々はゾウやクマ、ライオンなども狩猟対象としていたのでしょうが、常にそんな凶暴な動物たちに狙われていたのですね。

洞窟の中からは縄文時代のヒトと思われる歯の化石が出土しました。しかし、旧石器時代化石は見つかっていません。「尻労安部洞窟」は縄文時代にも使用されていたことは判明したのですが、次は旧石器時代のヒトの化石発見への期待が高まっています。

備考

「尻労安部洞窟」は、発掘調査中の遺跡のため非公開です。


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