延年の舞「若女と禰宜」

現代に僅かしか残らない貴重な芸能「延年」とは?|毛越寺「延年の舞」【岩手県】

あまり耳馴染みのない言葉「延年(えんねん)」

平安時代中頃から寺院で行われていた芸能で、室町時代頃から徐々に衰退し、江戸時代にはほとんど行われなくなったとされていますが、岩手県平泉町の毛越寺(もうつうじ)には今もこの延年が継承され国の重要無形民俗文化財に指定されています。

今回はそんな「毛越寺の延年の舞」を参考に、延年とはどんなものか?を深堀りしてみます。


延年とは?

延年(えんねん)とは寺院で行われる祝賀芸能で、舞楽・散楽・歌舞など、様々な芸能が混じり合ったものの総称とされ、主に大法会(仏教の経典を講説し教えを広めたり、仏様を供養したり、死者を追善供養のために僧侶や信者が集まる儀式の大規模な集まりの事)の後に僧侶や稚児によって行われます。

例外もあると思いますが、大まかに「神楽(かぐら)は神社で神に奉納する舞・歌・音楽の総称」「延年(えんねん)は寺院で行われる祝賀芸能」と捉えることができると思います。

毛越寺
毛越寺

毛越寺の解説によると「延年」の正式名称は「遐齢(かれい)延年」

「遐齢」とは「長寿・長生き」を意味する言葉で、遊宴歌舞は延年長寿につながる…つまりは「歌い踊って楽しむことは長寿に繋がる」という教えから、長命を願って舞われる歌舞を総称して「延年」呼ぶようになったとされています。

日本各地に今も残る延年

前述の通り、延年は室町時代頃から徐々に衰退し江戸時代にはほとんど失われてしまった芸能で、文化庁の運営する「文化遺産オンライン」に「延年」または「延年に類するもの」として無形民俗文化財登録されている芸能はわずか12団体しか存在しません。

もちろん文化財登録をされていなくても伝承されているものはあるかもしれませんが、貴重な芸能であることには変わりません。また東北地方に多く残っているというのも興味深い点です。

無形民俗文化財に登録されている延年一覧

※重要無形民俗文化財・登録無形民俗文化財・記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財を含む


毛越寺の「延年の舞」

毛越寺「延年の舞」
毛越寺「延年の舞」

毛越寺の延年の舞について、公式HPでは以下のように解説されています。

 毛越寺に伝承される延年の舞は、開山以来連綿と行われてきた常行三昧供の修法とあわせて国の重要無形民俗文化財に指定されています。
 雪の常行堂で正月二十日に行われる摩多羅神(またらじん)の祭礼を地元では俗に「二十日夜祭(はつかやさい)」と呼んでいます。
 明治15年ごろから、この二十日夜祭に合わせて厄払いの行事である蘇民祭が行われるようになりました。しかし、見物客が多数押しかけ、境内が荒らされるため、蘇民祭は昭和30年ごろまでに中止となり、代わって献膳行事が行われるようになりました。
 厄年の老若男女が、夜、平泉駅前に集合、たいまつの明かりを先頭に常行堂まで行進、仏前に大根や白菜などの野菜をささげ、無病息災・家内安全を祈願します。
 常行堂内では、古伝の常行三眛供の修法のあと、法楽に延年の舞が奉納されます。「延年」とは「遐齢(かれい)延年」すなわち長寿を表します。遊宴歌舞は延年長寿につながるというところから、諸大寺の法会のあとに催される歌舞を総称して「延年」と言ったのです。
 仏を称え寺を讃め千秋万歳を寿くのですが、曲趣は様々で、風流に仕組まれたものは漢土の故事などの問答方式に舞楽風の舞がついたものや田楽躍(おどり)など、当時の流行の諸芸を尽くして祝ったもののようです。
 現在、毛越寺には創建された当初の寺堂は一宇もなく、常行堂も享保17年(1732)に再建されたものです。仏像、仏具、書籍などの宝物も後世のもので、創建当時のものはほとんど残っていないのが実情です。にもかかわらず、形の無い延年の舞は、時を超えて今なお800年昔の姿のままに伝えられているのです。

引用元:毛越寺公式HP – 重要無形民俗文化財延年の舞

2025年11月3日、平泉町各所で開催された「秋の藤原まつり」の開催期間中に、毛越寺では10数番が伝承されるという延年の舞の中から「若女・禰宜」「路舞」「老女」の3番が披露されました。

毛越寺の常行堂
毛越寺の常行堂

若女・禰宜

延年の舞「若女と禰宜」
延年の舞「若女と禰宜」

金の烏帽子に水干の姿が特徴で、太鼓や笛等の拍子は一切なく、手振り鈴の音だけが響く幻想的な舞です。

延年の舞「若女と禰宜」
延年の舞「若女と禰宜」

「若女」は昔、鎌倉より神子がこの地に下って舞ったという伝説を再現した舞で、鎌倉を含む現在の関東地方の古名である坂東(ばんどう)から由来して別名「坂東舞」とも呼ばれます。

延年の舞「若女と禰宜」
延年の舞「若女と禰宜」

途中から禰宜(神社に奉仕する神職の役職の一つ)が登場し若女にからみます。

路舞(唐拍子)

延年の舞「路舞」
延年の舞「路舞」

「路舞」は別名「唐拍子」ともいわれ、二人の子供が登場し、上の句を一人が舞い、下の句をもう一人が舞います。

延年の舞「路舞」
延年の舞「路舞」

その昔、慈覚大師円仁が唐の国に渡った際、清涼山麓に突如二人の童子が現れて舞を舞い、その後、日本に帰国した円仁が平泉の地に毛越寺を創建した際、再びその童子が現れて舞を舞った…という故事を再現したものとされています。

延年の舞「路舞」
延年の舞「路舞」

こちらには四人の僧侶による太鼓の拍子がつき、読み上げられる上の句、下の句に合わせて舞手が変わります。

老女

延年の舞「老女」
延年の舞「老女」

腰が曲がった「老女」が神前に蹲って奇異な所作をする様子から始まる舞で、手振り鈴の音だけで舞われます。

延年の舞「老女」
延年の舞「老女」

端々に女性らしい仕草が見られつつも、奇異な所作に真っ黒な面も相まって、「若女」と同じ鈴の音だけの舞ですがこちらは少し不気味な雰囲気が漂います。

延年の舞「老女」
延年の舞「老女」

最後に

毛越寺の延年の舞にはこの他に「田楽躍」「祝詞」「児舞」「勅使舞」「留鳥」「卒都婆小町」「女郎花」「姥捨山」といった演目が存在するようです。

いつどの演目が舞われるのか?等の情報は不明ですが、春と秋の藤原まつり、あやめまつり、萩まつりなど…年間を通して定期的に舞を見るチャンスはあるようなので、現代に残る貴重な芸能「延年」を、是非一度見てみてはいかがでしょうか?

毛越寺<Information>

  • 名  称:毛越寺
  • 住  所:〒029-4102 岩手県西磐井郡平泉町平泉大沢58
  • 電話番号:0191-46-2331
  • 公式URL:https://www.motsuji.or.jp/

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