【山形県・秋田県】「電車」が走れなくなる!? 奥羽本線の「非電化化」とは?

鉄道では、線路の上空に架線(電線)を張るなどの手法で、車両に電力を供給できるようにすることを「電化」といいます。
一般的に、線路を走る乗り物は「電車」と呼ばれがちですが、電車とはその名が示す通り、電気を動力源として走る車両です。
したがって、電車は一般的に、電化された路線しか走行することができません。
電化されていない路線では、昔は蒸気機関車が走っていて、時代が進むと軽油を燃料にして走るディーゼル機関車や気動車が使われるようになりました。

さて、今回とりあげるのは、東北地方の福島・山形・秋田・青森の4県を結ぶ奥羽本線の一部区間で、電化とは逆の、電車が走れなくなる「非電化」化が行われようとしていることです。


奥羽本線とは?

「奥羽本線」は福島県の福島駅から、山形県の山形駅、秋田県の秋田駅を経て、青森県の青森駅に至る、全長484.5kmのJR東日本の路線です。
かつては首都圏から秋田駅までを最速で結ぶルートを構成していた路線だったので、東京都の上野駅と秋田駅を結ぶ特急「つばさ」、急行「おが」といった列車や、奥羽本線経由で上野駅と青森駅を結ぶ寝台特急「あけぼの」、急行「津軽」といった特急・急行列車が運行されていました。

東北地方の4県を貫く重要幹線である奥羽本線では、電車や電気機関車が走行できるようになる「電化」が戦後間もない時期から行われました。
まずは1949年に、難所として知られている板谷峠を含む福島駅~米沢駅間が電化されました。

1960年以降、他の区間でも電化が進展していき、1975年に奥羽本線の全区間で交流50Hz、20,000Vでの電化が完了しました。
全線が電化されたことの意義は大きく、上野駅~秋田駅間を結ぶ特急「つばさ」に、国鉄時代の特急電車の代表とも言うべき485系電車が投入されました。

485系電車による特急「つばさ」(JR発足後の写真)

奥羽本線の大きな転換点は1992年の山形新幹線の開業でした。
新幹線の列車を通すために、奥羽本線の福島駅~山形駅間の線路の軌間(2本のレールの間隔)が、在来線の一般的な軌間である1,067mmの狭軌から、新幹線の車両に適合した1,435mmの標準軌に拡張されたのです。
標準軌に改められた線路では、当然のことながら従来の狭軌用の車両が走行することはできません。
首都圏から「新幹線」が山形まで直通するようになったことの効果は大きいのですが、その一方で首都圏・福島と秋田・青森の間で列車を直通させるという奥羽本線の役割は、この時から失われたのです。

なお、山形新幹線は1999年に山形駅から新庄駅まで延伸しています。
したがって、この区間の軌間も現在は標準軌になっています。
山形駅~新庄駅・秋田駅間には「こまくさ」という特急列車が運行されていましたが、山形新幹線の新庄延伸と同時に特急としては廃止され、新庄駅以北のみで運行される快速列車になりました。
快速「こまくさ」も2002年に廃止されています。

また、奥羽本線では現在、秋田県内の大曲駅~秋田駅間にも秋田新幹線の列車が通っています。
ただし、この区間は線路が2本ある複線で、1本の線路が狭軌、もう1本が標準軌となっているので、狭軌用の車両の乗り入れが引き続き可能な状態です。


奥羽本線 新庄駅~院内駅間の被災と「非電化」化

2024年7月25日から発生した豪雨は東北地方で広範囲に被害を及ぼし、鉄道も複数の路線が被災しました。
奥羽本線では山形県新庄市の新庄駅から、秋田県湯沢市南端の駅である院内駅までの45.8kmの区間が今(2025年1月)もなお運休しています。
現時点で、運転再開は2025年のゴールデンウィーク前と発表されています。

そして被災区間は元通りに復旧されるわけではなく、架線などの電力設備を撤去することが明示されています。
電化の逆で、路線を非電化にしてしまうので非電化化とでも呼べばよいでしょうか。
1975年以来50年間維持されてきた、奥羽本線の全線が電化されている状態が、解消されることになります。

電化区間と非電化区間の境界駅となる予定の院内駅
著作者:Mister0124 – 投稿者自身による著作物, CC 表示-継承 4.0,
https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=147753183による

新庄駅~院内駅間を非電化にして復旧する理由として、JR東日本は「サステナブルで災害を受けてもより早期復旧が可能となる」ためとしています。
この発表内容自体は妥当と言えるでしょう。
電力設備を撤去してしまえば、次に被災した時にも電力設備を復旧する必要はなくなりますから、復旧にかかる時間は短くなるし、復旧に必要なコストも下がります。
また、電力設備の維持管理が必要なくなりますから、その分の人手やコストも不要になります。

非電化にすることのデメリットとしては当然のことながら、電車が走れなくなること、他の区間から電車を直通させられなくなることがあげられます。
しかし、既述のように、広範囲に列車を直通させるという奥羽本線の役割は、既に失われています。
新庄駅以南は山形新幹線のために標準軌に改められているので、新庄駅をまたいで運行される列車がそもそも存在しないのです。

加えて、特に被災区間の新庄駅~院内駅間は山形県と秋田県の県境を通る区間で、移動の需要は少なく、この区間、より正確に言えば新庄駅~湯沢駅間の1日1kmあたりの乗車人員は、2023年度で291人と発表されています。
これだけ利用者が少なければ、被災区間と院内駅以北の区間との間の直通需要もまた、大きくはないと考えられます
(山形新幹線によって奥羽本線が事実上分断された結果、移動の需要が低下したのではないのかという点については議論の余地がありますが)。
電車の直通運転を不可能にしてでも電力設備を撤去するという判断それ自体は、理解できるところです。

参考①:奥羽本線 新庄~院内駅間 復旧状況と運転の見通しについて

参考②:ご利用の少ない線区の経営情報(2023年度分)の開示について.


運転再開後の列車の運行はどのようになるのか?

被災前の2024年3月のダイヤでは、新庄駅~院内駅間の区間内のみで運行が完結する列車はほとんど存在せず、この区間を通る大半の列車は、新庄駅と秋田駅の間を直通する列車として運行されていました。
また、当然のことながらほとんどの列車が電車で運行されており、気動車による列車は1日あたり1往復だけでした。

2024年3月時点での運行形態

しかし院内駅をまたいで運行される列車は、新庄駅~院内駅間が非電化となれば、当然のことながら電車では運行できなくなります。
新庄駅から秋田駅まで、列車が気動車で運行される可能性はゼロではありませんが、院内駅から秋田駅までの区間では電車が使えるので、気動車を使うのは非効率的です。
そのため、少なくとも被災前の本数(1日あたり7往復)が秋田駅まで運行される可能性は低いでしょう。
被災区間を通る列車の運行形態は、被災前と大きく様変わりすると考えられます。

2025年運転再開後の運行形態予想

運転再開時に投入される気動車は、気動車でなければ走れない区間、つまり電化されていない新庄駅~院内駅間を中心に運行される可能性が高いと思います。
ただし、院内駅で全ての気動車列車が新庄駅の方へ折り返してしまうのでは、新庄方面から湯沢市の中心地にある湯沢駅まで行くのに乗り換えが発生して不便です。
利用者や沿線自治体から不便だという声があがれば、気動車での運行が湯沢駅までは延長されるということがあるかもしれません。
院内駅から湯沢駅までは16.0kmです。
それくらいの長さであれば、足を延ばしてくれてもいいのではないかなあとは個人的には思います。
また、秋田駅までとは言わなくとも、せめて北上線と接続する横手駅までは直通列車があってもいいのではないかと、これもまた個人的にですが思います。

実際にはどのようなダイヤになるのかは、発表されてみなければわかりませんが、院内駅をまたいで直通運転を行う列車が削減される(あるいは全くなくなる)ことで、奥羽本線がより不便になってさらに利用者が減るといった事態に至らないことを願うばかりです。


まとめ

被災区間に投入予定のGV-E400系気動車
著作者:MaedaAkihiko – 投稿者自身による著作物, CC 表示-継承 4.0,
https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=100601792による

元々JR東日本は、2021年にローカル線の電力設備を撤去していく方針を表明していました。
奥羽本線の事例がうまくいったならば、今後ほかの路線(奥羽本線の院内駅~大曲駅間や、大曲駅~秋田駅間の狭軌線も候補になるでしょう)でも、電力設備の撤去が行われていく可能性があると思います。
かつては長距離を走る電車特急が駆け抜けた路線が非電化になってしまうのは、趣味的な観点からは一抹の寂しさを覚えますが、今後のローカル線の維持のためにプラスとなる影響が出てくることを切に願います。


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