天守を丸々移動した弘前城|曳屋で見せた文化財修理の最前線【青森県弘前市】

青森県弘前市の弘前城では、2015年から天守を本来の位置から約70メートル移動させる「曳屋(ひきや)」工事が行われました。

解体せず、建物をそのまま動かすという工法は国内でも例が少なく、文化財保存・建築・土木技術が交わる取り組みとして注目を集めました。

現在、天守は「仮天守台」にあり、2026年7月頃から元の天守台へ戻す「曳き戻し」工事が予定されています。その後、耐震補強と保存修理が実施され、内部公開は2032年度まで休止予定です。

つまり移動した状態の天守を見られる期間は“今だけ”ということになります。


なぜ「曳屋」が必要だったのか?石垣の膨らみと修理の背景

仮天守台の弘前城

弘前城は江戸時代初期の築城(1611年)ののち、現在の天守は1811年に再建されたものです。

城の歴史を語るうえで重要な遺構ですが、近年、本丸東面の石垣が外側へ膨らむ「はらみ」 が確認されました。石垣背面の土圧や地盤変動、経年劣化などが原因とされ、このまま放置すれば崩落の危険性があると指摘されました。

弘前城の石垣
弘前城の石垣

石垣を修理するには、天守を支える天守台の石垣を解体・再構築する必要があります。しかし天守を解体してしまうと、建物の構造の履歴や文化財的価値が損なわれる可能性があります。

そこで採用されたのが、天守を解体せずそのまま移動させる「曳屋」工法です。


曳屋の技術と工事の見どころ

弘前城
曳屋にて解体・再構築中の弘前城-2024年10月撮影

弘前市の公表資料によると、天守は以下の規模であることが確認されています。

  • 高さ:約14.4 m
  • 重量:約400トン(推定)
  • 移動距離:約70〜77メートル(北西方向)

天守はまず油圧ジャッキで数十センチ〜1mほど持ち上げられ、その下に台車とレールが設置されました。そのうえで、数十センチ単位で位置を調整しながら、慎重に曳行。建物の水平・垂直精度は常に計測され、歪みが出ないよう管理されています。

移動先には仮天守台が設けられ、修理期間中も来訪者が工事の進捗を見学できるよう観覧デッキや説明パネルを整備。「修理は閉ざされた作業」ではなく、公開型修理として進められた点も大きな特色です。

一石ずつ番号をつけて、積み直す

修理対象となった本丸東面・南面の石垣は、約100m+約17mの範囲にわたり解体と再積みが行われました。解体された石材は2,185石にのぼり、石材の位置関係・加工痕・時代ごとの積み方の違いが記録されています。

再積みでは、築城当時に近い技法(例:打ち込み接ぎ)が用いられ、文化財としての特性が損なわれないよう配慮されました。

これからのスケジュール(公式発表に基づく)

  • 天守内部見学(仮天守台での公開):2025年11月23日(日・祝)まで
  • 天守を元の天守台へ「曳き戻し」:2026年7月頃〜11月頃
  • 天守本体の耐震補強・保存修理:2023年まで
  • 天守内部の再公開予定:2032年度以降
    (出典:弘前公園管理事務所 / 弘前市

訪問時に押さえておきたい見学ポイント

弘前城石垣工事展望台
弘前城石垣工事展望台

現地を訪れる際に、「あっ、これが曳屋の痕跡だ」と気づけるポイントを整理します。

  1. 仮天守台の位置と移動距離の比較
    現在の天守位置は、元の天守台から北西方向へ約70メートル移動したと公式資料にあります。案内板や展示図で“元の位置”と比較してみましょう。
  2. 石垣の“はらみ”修理痕を探す
    東面石垣は修理のために一部石材が組み替えられており、番号札や説明板が設置されています。近くで見ると、石の積み方が他区画と微妙に異なる箇所があります。
  3. 撮影ベストスポット
    桜の季節(例:4月下旬〜5月初旬)には、移動後の天守+岩木山の構図が人気です。また、夕暮れ時の本丸石垣と天守のライトアップも情緒がありおすすめです。
  4. 観覧時の注意
    本丸の一部は修理期間中立入制限されている場合があります。最新情報は公式サイトで確認を。
  5. 技術説明パネルと展示
    城内・近くの資料館では、曳屋の仕組み(ジャッキ・台車・レール)を示す模型・パネルが展示されており、技術に関心がある人にも見応えがあります。

文化・観光・保存が交差する“動く城”

弘前城本丸石垣修理事業
弘前城本丸石垣修理事業の説明看板

弘前城の曳屋は単に建物を移動したという話ではありません。城という文化財を、地域観光資源として再活用し、修理という物理的課題を“見せる”ことで市民・観光客を巻き込んだ社会的プロジェクトへと昇華させています。

公開型工事の手法を採用したことで、「修理=立ち入り禁止」というイメージを打破し、むしろ「見学できる修理」に転換しました。

また、石垣には築城時から元禄期までの改変履歴や、明治・昭和期の補修経緯まで刻まれており、石を観ることで、どの時代が手を入れたかを読み解くことができるのも魅力です。

従来は「桜と城」の景観を楽しむ来訪が中心の弘前城でしたが、天守曳屋により、建築・修理技術に興味をもつ層、城郭や石垣の構造を読み解く歴史ファン、公開された修理現場そのものを見学したい旅行者など、訪れる理由の多様化が進んだといえます。


“動く城”から見える、歴史の継承


現在の弘前城の天守は、完成形ではなく、未来に引き継ぐための途中段階にある姿といえます。修理の工程が公開され、変化の記録が残されていること自体が、この城の価値になっています。

弘前城は「残されたもの」ではなく、守るために動き続けている文化財です。その現在進行形の歴史を、現地で確かめてみてください。

弘前城<Information>

  • 名  称:弘前城(ひろさきじょう)
  • 住  所:〒036-8356 青森県弘前市下白銀町1−1−1(弘前公園内)
  • 電話番号:0172-33-8739
  • 公式URL:弘前公園公式サイト

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引用元


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