【福島県郡山市】猪苗代湖の水を安積原野に流す-郡山市の安積原野を肥沃な大地に変えた明治の大工事「安積疏水」-

猪苗代湖(いなわしろこ)から郡山市への農業用水路があります。猪苗代湖と郡山市との間にある山にトンネルを掘って郡山市へ供給するための水路です。

『安積疏水(あさかそすい)』と呼ばれるその水路は、明治時代に作られ今でも郡山の地を潤し、水力発電にも使用されています。『安積疏水』に関する歴史ストーリーは、『未来を拓いた「一本の水路」 -大久保利通“最期の夢”と開拓者の軌跡 郡山・猪苗代-』として文化庁の日本遺産に認定されています。また、国際かんがい排水委員会(ICID)により世界かんがい施設遺産に登録されました。

明治時代初期に始まった安積原野の開墾事業

郡山は平安時代より安積郡(あさかぐん)と呼ばれ、江戸時代には二本松藩の領地でした。奥州街道の宿場町で、かなり賑わっていたようです。しかし、郡山宿を含む安積郡は、奥州山脈から吹き下ろす乾いた風が大地を乾燥させ、水源も少ないためかなり荒涼とした原野が広がっていたのです。

安積原野を開墾する事業は1873年(明治6年)に地元の人々によって始められました。開拓者グループは開成社という民間の開墾会社を結成し、海外果樹の植樹や西洋農具を用いた斬新な方法で開墾に当たります。開拓事務所『開成館』は、西洋風の建物を地元の大工たちが錦絵などをもとに見よう見まねで建てました。

しかし、この原野を豊かな土地に変えるためにはまだまだ“水”が足りません。そこで山を越えた西側にある大きな猪苗代湖の水を引くこと。これが開成社を含めた地元の人々にとっての悲願でした。

猪苗代湖の水を引くという悲願は明治政府によって実現

明治時代の安積疏水の概要図 所蔵:郡山市図書館

江戸時代から明治になって、各地にあった藩お抱えの武士たちの多くは職を失ってしまったのです。そのことに頭を悩ませていた内務卿大久保利通(おおくぼとしみち)は、猪苗代湖の水を安積まで通すという大規模な土地改良事業を行うことでその失業武士たちを救えると考え、1878年(明治11年)「安積開拓・安積疏水開さく事業」を全国に先駆けて予算化したのです。

ところが安積開拓の事業開始直前、先頭に立っていた大久保利通が暗殺(1878年5月14日、紀尾井坂の変)されてしまいます。

内務卿大久保利通 所蔵:国立国会図書館

大久保利通の遺志を継いだ「安積開拓・安積疏水開さく事業」

大久保利通は事業の始まりさえ見ることなく悲運の死を遂げてしまったのですが、事業自体はそのまま実行に移されました。

まずは1878年(明治11年)11月11日に第1陣として旧久留米藩から、その後旧岡山藩、旧土佐藩、旧鳥取藩、旧二本松藩など全国の9藩から元武士とその家族2000人あまりが移住してきました。

そして、猪苗代湖と安積原野の間にそびえる山(奥羽山脈)にトンネルを掘って、水を誘導するという、壮大な計画「安積開拓・安積疏水開さく事業」は、国の直轄事業として1879年(明治12年)10月に開始されたのです。

オランダ人技師ファン・ドールンが設計した画期的な「十六橋水門」

改修はされたが、現在も立派に稼働している「十六橋水門」©農林水産省

最初に取り組んだのが猪苗代湖の西側、会津方面への流量を一定にする水門の工事でした。猪苗代湖の水を安積原野方面に流すことによって今まで湖水を使っていた会津方面への流量を減らすわけにはいきません。この問題解決には明治政府の技師でオランダ人のファン・ドールンがそれまでの日本にはなかった科学的な方法で解決策を導き出しました。それは、湖水が会津方面へ流れ出る部分にダムのような堰を築いて、安定した一定量の水を水門から流出させるというものです。そして、『十六橋水門(じゅうろくきょうすいもん)』と呼ばれる巨大な水門は1880年(明治13年)に完成しました。

建築当時の「十六橋水門」。上は歩道になっていた ©郡山市

『十六橋水門』は、石造りで16個の石門の上にアーチ状の橋が架けられ渡ることができました。その後1914年(大正3年)に電源開発のため現在の形に改修されています。『十六橋水門』は近代化産業遺産に認定されています。

INFORMATION


  • 施設名称:十六橋水門
  • 住所:福島県耶麻郡猪苗代町翁沢大字船場および会津若松市湊町赤井戸ノ口
  • 問い合わせ先:024-922-4595(安積疏水土地改良区)
  • 見学自由
  • URL:安積疏水

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奥羽山脈を貫く「沼上隧道」や水路など3年で完成した「安積疏水」

『十六橋水門』の工事とほぼ同時期に、安積原野への取水口およびトンネルの工事が始まっています。取水口は当初山潟(やまがた/猪苗代町山潟)に作られました。猪苗代湖からの水はトンネルで反対側の谷に流します。『沼上隧道(ぬまかみついどう)』と呼ばれるこのトンネルは沼上山(ぬまかみやま/標高761m)を貫いていて総延長は585m、1879年(明治12年)12月に工事を開始して1881年(明治14年) 7月に完成しました。これにより猪苗代湖の水が奥羽山脈を貫いて、はじめて安積原野に流れ出たのです。取水口は後に山潟水門より少し北の上戸頭首工(じょうことうしゅこう/猪苗代町山潟)に移され、現在も稼働しています。

滝のように流れる猪苗代湖から引いた「安積疏水」。右は沼上発電所 ©郡山市

『沼上隧道』を通った猪苗代湖の水は、郡山側の出口から滝のように下り五百川(ごひゃくがわ)に合流し下流へ流されます。安積原野へ流れ着いた『安積疏水』は、水路約52.1kmと分水路約78kmに流され、約3,000ヘクタールの新しい農地を潤したのです。工事期間3年間、延べ85万人もの労働力、40万7,000円(現在で約400億円)の国家予算を使って『安積疏水』が完成しました。

『安積疏水』は、その後施設の増改修などが行われ現在は約1万ヘクタールに及ぶ水田に用水を供給しています。

水力発電にも利用されている「安積疏水」

『安積疏水』は合流する五百川に滝のように流れ出ています。その流れを使って水力発電所が設けられました。最初に完成したのは1899年(明治32年)の「沼上発電所」で、『沼上隧道』から五百川に流れ出る落差を発電利用しています。

竹之内発電所 ©郡山市

その後1919年(大正8年)に「竹之内発電所」、1921年(大正10年)には「丸守(まるもり)発電所」が稼働しています。「沼上発電所」、「竹之内発電所」、「丸守発電所」は近代化産業遺産に認定されています

INFORMATION


  • 施設名称:沼上発電所
  • 住所:福島県郡山市熱海町安子島
  • 問い合わせ先:0242-22-4611(東京電力リニューアブルパワー猪苗代事業所)
  • 施設名称:竹之内発電所
  • 住所:福島県郡山市熱海町安子島竹ノ内
  • 問い合わせ先:0242-22-4611(東京電力リニューアブルパワー猪苗代事業所)
  • 施設名称:丸守発電所
  • 住所:福島県郡山市熱海5丁目
  • 問い合わせ先:0242-22-4611(東京電力リニューアブルパワー猪苗代事業所)

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郡山市に多く残る「安積疏水」の史跡や関連施設

「開成館」や官舎、入植者住宅などが集められた「安積開拓発祥の地」

明治初期に地元の大工が錦絵などをもとに見よう見まねで洋風に建てた開拓事務所「開成館」 ©郡山市

「開成館」は開拓の拠点として使われた後、郡役所、桑野村(現郡山市)役所などに使用され、現在は安積開拓と安積疏水の歴史を伝える資料館となっています。「開成館」は、福島県の重要文化財で経済産業省認定の近代化産業遺産となっています。

安積開拓官舎(旧立岩一郎邸) ©郡山市

「開成館」の敷地内(「安積開拓発祥の地」として郡山市の史跡)には『安積開拓官舎』(旧立岩一郎邸/復元・郡山市指定重要文化財)、『安積開拓入植者住宅』(旧小山家/移築復元・郡山市指定重要文化財)、(旧坪内家/移築復元)があり、公開されています(2022年いずれも臨時休館中)。

INFORMATION


  • 施設名称: 安積開拓発祥の地(「開成館」「安積開拓官舎」(旧立岩一郎邸」「安積開拓入植者住宅(旧小山家)」「安積開拓入植者住宅(旧坪内家)」
  • 住所:福島県郡山市開成3-3-7
  • 電話番号: 024-923-2157
  • 開館時間:10:00~17:00(入館は16:30まで)
  • 休館日:月曜日(祝休日の場合は翌日)、12月28日~1月4日
  • 入館料:おとな 200円、高校大学生等 100円、65歳以上・中学生以下・障がい者手帳等交付者無料
  • ※2022年12月現在2021年2月13日発生の福島県沖地震による被害のため、安積開拓官舎(旧立岩一郎邸)、安積開拓入植者住宅(旧小山、旧坪内家)ととも臨時休館しています。改修工事が完了後再開する予定です。要問い合わせ
  • URL:郡山市開成館

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安積疏水の最終出口だった麓山公園

安積疏水の通水を記念して造られた「安積疏水麓山の飛瀑」 ©郡山市

「麓山公園(はやまこうえん)」は、1827年に当時の郡山村が江戸幕府によって宿場町に昇格した記念に造園された公園です。明治時代になり『安積疏水』完成後に記念として疏水が滝のように流れる「安積疏水麓山の飛瀑」が造られました。「安積疏水麓山の飛瀑」は国の登録有形文化財です。

INFORMATION


  • 施設名称:麓山公園
  • 住所:福島県 郡山市麓山1丁目地内
  • 電話番号:024-924-2194(郡山市観光交流振興公社21世紀記念公園事務所)
  • 入園自由

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安積疏水関係者も通った「旧福島県尋常中学校本館」

映画やテレビのロケでも使われることも多い国の重要文化財「旧福島県尋常中学校本館」(安積歴史博物館 ©郡山市

1889年(明治22年)に開設された福島県尋常中学校の校舎をそのままにして「安積歴史博物館」として公開されています。『安積疏水』に関わる人たちも多く通った学校です。旧福島県尋常中学校本館は国の重要文化財です。

INFORMATION


  • 施設名称:安積歴史博物館(旧福島県尋常中学校本館)
  • 住所:福島県郡山市開成5-25-63
  • 電話番号:024-938-0778
  • 開館時間:10:00~17:00(最終入館は16:30)
  • 休館日:月曜(祝休日の場合は翌日)、年末年始
  • 冬季期間(1月~2月末)は土日祝のみ開館
  • 入館料:おとな 300円、高校生 200円、小中学生 100円
  • URL:安積歴史博物館

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安積疏水の守り神「安積疏水神社」

「安積疏水神社」は『安積疏水』の守り神として信仰された神社です。疏水工事に向かう作業員たちは必ず参拝してから現地に向かったといいます。

INFORMATION


  • 施設名称:安積疏水神社
  • 住所:福島県郡山市熱海町安子島

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大久保利通を祈念した「大久保神社」

追悼碑だけの「大久保神社」 ©郡山市

『安積疏水』の事業に尽力し、完成を見ぬ間に暗殺されてしまった大久保利通を祈念した神社。創建は1889年(明治22年)で、社殿はなく追悼碑だけが建っています。

INFORMATION


  • 施設名称:大久保神社
  • 住所:福島県郡山市安積町牛庭4-112(安積公民館牛庭分館敷地内)

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