
絵本『ぼくブルートレインにのったんだ』が大好きだった元・子どもが、絵本で描かれたブルートレインについて考察してみた
目次
絵本の『ぼくブルートレインにのったんだ』は、故・渡辺茂男さん:作、故・大友康夫さん:絵 の『くまたくんのえほん』シリーズの第14巻です。かつて運行されていた「ブルートレイン」こと寝台特急に、くまたくん親子が乗るお話がかかれています。
筆者は、父もその父も鉄道が好きだった人で、自身も気が付いた時には鉄道好きでした。筆者がこの絵本を気に入っていないはずがなく、子どもの頃は何度も読んだものです。そればかりか、幼少のときに読んだ本そのものを今も所有しており、娘たちに時々頼まれて読み聞かせてもいます。

この記事では、大人の目線で改めてこの絵本を読みこんだ結果、気がついたことや考えたことを述べます。
※「現実と違う」という主旨の記述がたびたび登場しますが、あくまで違うという事実を明らかにしているだけであり、批判的な意図はないことをあらかじめお断り申し上げます。
『ぼくブルートレインにのったんだ』のストーリー
『ぼくブルートレインにのったんだ』(以下:本作品)のお話の概要を述べます。
「くまたくん」と「おとうさん」と「おかあさん」は、おとうさんが確保したブルートレインのきっぷを使って旅行に行くことになりました。ちなみに「ブルートレイン」とは、青い客車を使用して運行されていた夜行列車・寝台列車の通称です。
くまたくん一家は「熊野(くまの)駅」へ行き、ブルートレインがやってくるのを待ちます。自宅で夜を待っているとき、夕方になっておとうさんが帰宅してきたとき、熊野駅に着いたとき、ブルートレインが入線してきたとき、それぞれの場面で、くまたくんのブルートレインへ乗ることへの待ち切れなさが描写されています。筆者もそういう子どもだったので気持ちがよくわかります。
ついに熊野駅のホームに入ってきたブルートレイン「満月(まんげつ)」号に乗り込んだくまたくん一家は、2段ベッドが2組向かい合ったB寝台に入ります。そこでまずはお弁当とビールとお茶、果物やお菓子を広げて、食事を始めます。
食事の後、歯磨きとトイレを済ませたくまたくんは、2段ベッドの上段で寝ようとしますが、なかなか眠れません。揺れる車内で1人で寝るのだから、そういうこともあるでしょう。
しかし、どうにかくまたくんは眠れたようで、すっきりとした朝を迎えます。そして終点の「熊森(くまもり)駅」に到着して、ブルートレイン満月号の旅は、そして本作品のお話は終わりです。
なお、前作にあたる第13巻『ぼくれんらくせんにのったんだ』は、寝台特急満月号を「くまもり」で降りた一家が「れんらくせん」に乗り込んで、熊海道の「くまだて」へ向かうお話です。本作品は前作の前日譚であると解釈するのが自然でしょう。熊森駅に到着した後も、くまたくん一家の旅はまだ続くのだと思われます。
前作については既に記事を書いておりますので、こちらもぜひご覧ください。
ちなみに筆者がブルートレインに乗ったのは1996年の夏休みのことで、乗車した列車は寝台特急「瀬戸」(東京発・高松行き)でした。家族で四国に行くこと自体は決まっていたのですが、行くならブルートレインで行きたいと筆者が親にせがんだのは、当然のことながら本作品の存在が大きな要因でした。
熊森行き寝台特急「満月」号の行き先や名前のモデルは?
熊野という始発駅と、熊森という行き先の駅名は、現実のブルートレインの主要な発着駅であった東京都の上野駅と、青森県の青森駅を連想させます。特に、くまもりからくまだてへの船旅を描いた前作に登場する連絡船は、明らかに青森駅と函館駅を結んでいた青函連絡船がモデルだったので、本作品の熊森駅も、青森駅のことを指していると考えてよいでしょう。
熊野駅が上野駅に相当するという確証はありませんが、青森行きの主な寝台特急の始発駅の中で、名前に「野」がつく駅は上野駅しかないはずです。上野駅だと考えるのが順当でしょう。満月号は、石川さゆりさんの名曲『津軽海峡・冬景色』に登場する「上野発(青森行き)の夜行列車」に相当するということになります。
本作品の出版は1988年1月(国鉄が解体されてJR各社が発足してからまだ1年に満たない時期です)ですが、筆者はその当時の時刻表は持っていないので、1988年1月よりも前で一番近い時期である1986年11月の時刻表を見てみます。上野発・青森行きの寝台特急には「ゆうづる」「はくつる」「あけぼの」という列車があったことがわかります。

ちなみに、経由する路線は
- ゆうづる:常磐線・東北本線(主な経由駅:水戸、仙台、盛岡、八戸)
- はくつる:東北本線(主な経由駅:大宮、宇都宮、仙台、盛岡、八戸)
- あけぼの:東北本線・奥羽本線(主な経由駅:大宮、宇都宮、福島、山形、秋田、大館、弘前、青森)
と、全て異なっていました。
また「ゆうづる」は1日3本、「はくつる」は1日2本が運行されていたものの、「ゆうづる1号」と、2本の「はくつる」は、機関車が客車を引いて走るブルートレインではなく、583系という電車を用いた列車でした。

「あけぼの」は1日3本全てがブルートレインでしたが、3本目の5号は秋田駅止まりなので青森駅には行きません。すると、満月号に相当する列車は、「ゆうづる3号・5号」「あけぼの1号・3号」のいずれかということになります。
なお、満月号という列車が実在したことはないはずで、名前の由来はわかりません。当時の上野発・青森行きの夜行列車の名前は上記の通りで、満月とは何の関係もなさそうです。
また、過去に実在した列車の名前の中にも「月」に関連する名前は少なく「月光(げっこう)」「夕月(ゆうづき)」ぐらいしかないはずです(なお、天体に関する名前がつけられていた列車は「金星」「銀河」「すばる」「彗星」「明星」など、それなりにあります)。
名前からは満月号のモデルとなった列車が特定できないので、次は 筆者が いつも やって いる ように、作中で描かれている時計などの描写で列車を特定……と言いたいところですが、そのようなことをしても、どの上野発の夜行列車なのかを特定することはできません。なぜなら、本作品の描写は実在した「上野発・青森行きの夜行列車」をモデルにしたものではない可能性が極めて高いからです。
※記事冒頭で記した通り、そのことを批判する意図は全くありません。
満月号の描写のモデルは上野発・青森行き夜行列車ではない?
本作品(および前作の冒頭)のブルートレイン満月号などの絵には、上野発・青森行きのブルートレインの絵としてはつじつまが合わない点が複数あります。
まずは熊野駅の描写です。熊野駅の10番線にブルートレイン満月号は入線します。しかし、実際の上野駅の10番線は常磐線のホームで、寝台特急が発着していたのはこのホームではありません。
実際に寝台特急が発着していた上野駅のホームは行き止まりのホームになっていて、ホームの様子も本作品の絵とはだいぶ異なります。そして行き止まりのホームなので、上野駅のホームに入線したブルートレインは、方向転換が必ず必要ですが、方向転換するために機関車を、乗客が乗る客車の青森方面側に付け替える(機回しといいます)ことも、行き止まりであるためできません。
入線するときには、機関車が一番後ろについている状態でバックする形で入ってくる必要があったのです。上野発のブルートレインは本作品の描写のように機関車を先頭にして入ってくることはありませんでした。とはいえ、このお話でブルートレインがバックしながら入ってくるのでは、違和感が大きいことも否めません。だから熊野駅は、実際の上野駅とは異なる描写で描かれているのでしょう。
また、満月号は始発の熊野駅から終点の熊森駅までの全区間を、EF65形電気機関車の1098号機(おとうさんが作中でナンバープレートを読み上げる場面があります)がけん引していました。
現実の同機は、1978年に製造され、国鉄が解体されてからはJR東日本に継承されて、主に東海道本線・山陽本線で夜行列車のけん引をしていました。そして、これが非常に重要なポイントで、EF65は青森駅へは行けません。

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電気機関車の電源となる電気には、大きく分けて直流と交流の2種類があり、EF65は直流しか対応していない機関車です。上野駅から青森駅への経路は、どの経路を通っても電源が途中で直流から交流に変わるので、EF65が青森駅までブルートレインをけん引することはあり得ないのです。
ただし、途中で交流に対応している電気機関車にバトンタッチするという形であればEF65を使用することは可能です。実際に「あけぼの」は、1993年までは上野駅から栃木県の黒磯駅までを、EF65がけん引していました。

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結局満月号の正体は?
さて、熊野駅や満月号は何をモデルにして描かれたのでしょうか。
まず、10番線からブルートレインが発車することや、ホームの描写、ブルートレイン以外の電車の様子から、熊野駅の描写のモデルは東京駅であろうと推測されます。東京駅から東海道本線を西に下っていくブルートレインであれば、寝台特急「出雲」「瀬戸」や、寝台急行「銀河」などをEF65がけん引していました。
ただし、熊野駅のモデルが東京駅だとしても、現実と矛盾する点は存在します。
東京駅始発のブルートレインも、車庫から東京駅まで機関車に引っ張られてきた後、東京駅で方向転換をしてから出発します。方向転換を行うために、入線するときに客車を引っ張ってきた機関車を、客車の反対側(大阪・九州側)に回して連結してから出発するのです(※)。付け替えることで初めて、列車の名前が書かれたヘッドマークが、列車の前頭部に出ている状態になります。本作品の満月号は、いきなりヘッドマークを見せながら熊野駅に入線するので、実際の東京駅に入線するブルートレインの描写とは異なります。
※1988年頃からは、機回しのための線路がなくなってしまったので、東京駅までけん引してきた機関車とは別の機関車を客車の大阪側に連結して、大阪方面へ出発していくという措置がとられていました。

とはいえ、このことが重大な矛盾とはいえないでしょう。本作品はあくまで架空のお話であり、機関車の機回しというストーリー上は意味の薄い内容を、わざわざ忠実に描くということはしなかったのだと容易に想像がつきます。
2013年に出版された『はしれディーゼルきかんしゃデーデ』という、実際に運行された貨物列車をモデルに描かれた絵本でも、福島県の会津若松駅での方向転換や機回しの描写は省略されていました。これと同じことでしょう。
さて、熊野駅に満月号が入線してくる場面では、時計の針は6時24分(当然夜なので、鉄道的には18時24分)を指しています。まさに東京駅から西へ向かうブルートレインがガンガン出発していく時間帯でした。
時刻表によると、実際には18時24分頃、東京駅のホームにはブルートレインがいない状態だったはずです。が、18時30分にEF65のけん引で9番線に入線してきて、18時50分に出発する「出雲1号(島根県の浜田行き)」が、本作品の描写に近い列車といえます。あるいは、1985年3月以前であれば、18時台に東京駅を出発する「富士(宮崎行き)」「あさかぜ1号(福岡県の博多行き)」「あさかぜ3号(山口県の下関行き)」などもEF65のけん引で運行されていました。これらの列車をモデルとして、本作品のブルートレインは描かれたのではないでしょうか。
なお上野駅を18時台に出発する寝台特急は存在しませんでした。このことからも、やはり熊野駅の描写のモデルが上野駅ではない可能性は極めて高いといえます。
1988年なのに機関助士が乗務?
満月号をけん引するEF65の乗務員室には、常に2頭のクマが乗務しているように見えます。
現実では、進行方向左側(向かって右側)が機関士で実際に運転する人です。進行方向右側が機関助士で、運転は行わず、機関士のサポートする役目を持っていました。
蒸気機関車(SL)が運行されていた時代には、機関助士は欠かせない人員でした。蒸気機関車の運行には、火室に石炭を入れるという、運転中の機関士にはできるはずのない作業をする必要があったからです。
蒸気機関車に機関助士が乗務していた名残で、電気機関車にも登場してからしばらくの間は機関助士が乗務していました。1954年に公開された『つばめを動かす人たち』という映画では、電気機関車と蒸気機関車の双方の機関助士の仕事ぶりが見られます。
しかし、電気機関車は石炭の投入が必要ないので、蒸気機関車と比べて機関助士の仕事の内容は大幅に縮小されていました。電気機関車の機関助士は乗務廃止の対象となり、1969年には国鉄職員の労働組合による機関助士の廃止反対闘争・ストライキが起きています。
参考:昭和45年度運輸白書(4 労働問題)
その後、正式に電気機関車の機関助士が廃止されたのがいつなのかという情報を筆者は得られませんでしたが、既に国鉄も解体された1988年に電気機関車の機関助士がまだ残っていたということはないはずです。また、クマの乗務員たちがかぶっている制帽は、筆者の知識が及ぶ限りでは国鉄時代のものに見えます(なお本作品最初のページの駅のきっぷ売り場の絵や、機関車の側面のロゴなどには、しっかりJRの名前が登場しています)。
とはいえ、本作品の世界では電気機関車にもまだ機関助士が乗ることになっていて、制帽は現実の国鉄風になっているのだと解釈すればよいだけのことではあります。
ブルートレインとすれ違った謎の電車
筆者にとって満月号の正体以上に謎なのが、ブルートレインの車内で朝を迎えた後、ブルートレインとすれ違った電車です。
描かれている電車のデザインからは、当時としても古い「旧型国電」となどと呼ばれた電車であるように思えます。

栗原 岳 (Gaku Kurihara) – 投稿者自身による著作物, CC 表示-継承 4.0,
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上野駅から青森駅へ行くブルートレインは、朝には既に東北地方にいるはずですが、旧型国電はEF65と同様に直流の電気のみに対応している電車なので、東北地方で寝台特急とすれ違うということはありません。また、絵では7両以上という長い編成で描かれており、これも東北地方を走る地域輸送用の列車としては違和感が大きい点です。
旧型国電は主に首都圏や関西圏の大都市で使われて、その後中部地方や中国地方などのローカル線に活躍の場を移していった電車でした。ただし、1988年時点で既に旧型国電は地方の路線でもほぼ姿を消しており、特に本作品で描かれているような長い編成はとっくに絶滅していたはずです。
なぜこのような絵が描かれたのかは想像するしかありませんが、おそらく旧型国電が長年、地方の路線を走っている代表的な電車であったために、この場面に登場する電車として選ばれたのだと思います。そして、絵を描くときに参考にした写真は、旧型国電が大都市圏を長い編成で走っていた時代のものだったのではないでしょうか。
おわりに
さまざまな考察を述べましたし、それも主には現実と違うという指摘でしたけれども、筆者にとって今もなお本作品が好きな絵本であることに、全く変わりはありません。
ブルートレインは既に日本に1本も存在せず、ブルートレイン以外の夜行列車もごくわずかしか存在しない現在、娘たちにくまたくんのようなワクワクする体験をなかなかさせられないのは、残念なところです。しかし幸いなことに、首都圏と東北地方を結ぶ新しい夜行特急列車の登場が発表されたように、夜行列車は近年明らかに復権の兆しを見せています。
筆者は、くまたくん側の立場で夜行列車に乗ることは経験できました。いつかはおとうさん側の立ち場で、夜行列車に乗りたいと思います。























