盛岡市鉈屋町、時を刻む水のまち — 。湧水と共に紡がれる暮らし【岩手県】

盛岡中心市街地からほど近い場所にある鉈屋町(なたやちょう)は、現代の喧騒から一歩引いたような静けさが流れるエリアです。車通りのある通りを一本入るだけで、流れる空気の質がふっと変わる。そんな感覚を覚えたなら、もう鉈屋町の魅力に触れ始めている証かもしれません。


舟運の要として栄えた鉈屋町

酒蔵を改修したゲストハウス「ととと-盛岡の泊まれるたまり場-」

かつて北上川の舟運の要として栄えたこの町は、商人や職人が行き交う生活の舞台として栄え、今もその面影を色濃く残しています。明治時代に建てられた町家が立ち並ぶ通りには石畳のリズムと共に、どこか懐かしい空気がゆるやかに流れています。

格子戸や漆喰の土蔵に宿る風情は、観光地としてつくられたものではなく、いまも人の暮らしの延長として息づいているもの。そんな自然な佇まいは鉈屋町の魅力のひとつ。さらにこの町には景観だけでは語りきれない、人々の生活に根づいた“水の文化”があります。

町を歩き、見て、触れて、感じてみたい。鉈屋町ならではの街並みと湧水の風景を、ゆっくりとたどってみましょう。


町家と暮らしの調和

盛岡の街なかにあって、どこか懐かしさと凛とした気配が同居する鉈屋町

鉈屋町の起源は江戸時代までさかのぼります。

盛岡城を中心に整備された南部藩の城下町の一角として、武家屋敷と町人の居住区が接する場所に発展してきました。町人文化と職人の技が交差し、地域に根づいた商いや手仕事が活発に営まれてきた歴史を映すかのように、鉈屋町の通りには今も明治期に建てられた町家が並び、格子戸からこぼれる光や、土蔵の厚みある壁が時間の積層を感じさせてくれます。

古民家をリノベーションしたカフェ

建物の配置や間口、通りの傾斜までもがかつての生活の工夫と知恵を物語っており、歩くだけで時代をまたぐような感覚を味わえます。

最近では、町家をリノベーションしたカフェや雑貨店も点在し、地域住民の暮らしと、まち歩きを楽しむ人々の足取りがゆるやかに交差。観光として「保存」するのではなく、「日々の暮らしの中で継承していく」。その静かな流れが、鉈屋町らしさの芯をつくっているようです。


湧水とともにある暮らし──「青龍水」と「大慈清水」

鉈屋町を歩いていると、耳に届くのはどこか懐かしい水音。足元に目を向けると、そこにあるのは、今も町の生活を支える湧水「青龍水(せいりゅうすい)」と「大慈清水(だいじしみず)」です。

どちらも2008年に環境省の「平成の名水百選」に選ばれましたが、名水というより“日用水”として地域に溶け込んでいるのが特徴です。

(注)青龍水・大慈清水は地元の皆さんが大切に管理している生活用水です。利用の際には、ルールを守るようにお願いします。

水を敬う文化が生きる「青龍水」

4段式の井戸「青龍水」。今も現役で使われる、鉈屋町の“暮らしの水”

青龍水は、江戸時代から「夏は冷たく、冬は湯気が立つ」と語り継がれてきた名水です。

明治8年には町内の古刹・祇陀寺(ぎだじ)から水を引く木管工事が行われ、昭和初期には4段式の井戸として整備されました。

この4段構造は「飲用」「米とぎ」「洗い物」「足洗い」と用途ごとに分かれており、いまもその使い分けが丁寧に守られています。「青龍水」の名は、かつて祇陀寺の裏手にあった沼に青龍が棲んでいたという伝説に由来しており、水に対する畏敬の念と暮らしとの結びつきを感じさせます。

Information

  • 所在地:〒020-0827 岩手県盛岡市大慈寺町1
  • 営業時間:通年

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用水組合が守る、地域の水場「大慈清水」

地域の人々が守り続ける「大慈清水」。6つに仕切られた井戸は、今も生活の場面ごとに使い分けられている。

一方の大慈清水は、原敬の菩提寺として知られる大慈寺の境内から引かれた由緒ある湧水です。明治時代の木管引水から始まり、昭和2年には地域による「大慈清水用水組合」が設立。住民による自主的な管理が今も続いています。

現在の井戸は6区画に分かれており、「飲用」「米研ぎ」「野菜洗い」「食器洗い」「洗濯」「足洗い」と、生活の場面ごとにきちんと機能が分かれています。水温は年間を通じて安定しており、まろやかな軟水は、コーヒーやお茶にも適していると人気です。

どちらの清水も、地域のボランティアや住民の手で清掃・管理されており、訪れた人に向けて使い方のマナーも丁寧に示されています。「お水取り」と呼ばれる朝の水汲みは、この町に昔からある風景のひとつ。水を汲む人の姿はどこか凛としていて、静かに自然と向き合うその姿勢に、暮らしの美しさが宿っています。

Information

  • 所在地:〒020-0827 岩手県盛岡市鉈屋町3−15
  • 営業時間:通年

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変わらない価値、変わってゆく時間

町のシンボル的存在、鉈屋町番屋の火の見櫓

町家の風景や湧水の文化を守りながら、鉈屋町では少しずつ新しい暮らし方が育ちつつあります。

空き家となった町家を若い世代が借り受けて営むカフェ、地域の湧水文化を活かしたアートイベント、SNSでの発信を通じて魅力を広げようとする地元の取り組み。

古いものをただ保存するのではなく、新しい価値として再編集しながら共に生きる工夫が始まっています。

「もりおか町家物語館」町家や酒蔵など、歴史的建造物を活用し、暮らしの移り変わりを紹介する資料及び生活用品などを展示

鉈屋町の風景は、時代とともに変わっていくものかもしれません。でもその変化の根底には、湧水のようにゆるやかに続いてきた暮らしのリズムがあります。

「美しいから残す」のではなく、「今も使われているから残っている」。その姿勢が、この町に流れる時間のあり方を物語っているのかもしれません。

Information

  • 名称:もりおか町家物語館
  • 所在地:〒020-0827 岩手県盛岡市鉈屋町10−8
  • お問合せ:019-654-2911
  • 営業時間:9:00-19:00(最終入場18:30)
  • 休館日:毎月第4火曜日(祝日の場合は翌日)/ 12月29日-1月3日
  • 公式URL:https://machiya.iwate-arts.jp/

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もう一度歩きたくなる、水音のする通り

鉈屋町を歩いていると、「見る」より「感じる」まちであることがわかるはず。

石畳を踏む足音、格子戸に触れたときの手ざわり、すくった湧水が指の間からこぼれ落ちる感覚。五感を通してじっくり味わうこの町には、心の奥底がほどけていくような静けさがあります。

湧水は、過去から現在へと続く暮らしのリズムであり、未来の生き方を考えるヒントでもあります。きらめく水面に映る空や、すれ違う人の静かなまなざしに、どこか自分の輪郭がくっきりと浮かび上がるような…。そんな時間が、鉈屋町にはそっと流れています。

いつか盛岡を訪れたら、中心部から少しだけ足を伸ばして、鉈屋町を歩いてみてください。水音に導かれるように、きっと、自分のペースを思い出させてくれることでしょう。

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