
岩出山の荒脛巾神社|二千年にわたり鎮座する?地名にまで刻まれた謎の古代神アラハバキを祀る神社【宮城県】
宮城県大崎市岩出山。
ここには二千年にわたり鎮座するとされている、謎の古代神「アラハバキ」を祀る神社が存在します。

この神社のすごいところはその住所で、
宮城県大崎市岩出山下一栗荒脛巾164
…と、なんと地名にまで「アラハバキ」の名が刻まれています。今回はそんな岩出山の荒脛巾神社と謎の古代神「アラハバキ」の謎に迫る記事となっています。
古代神「アラハバキ」とは?
「アラハバキ」は東北地方や関東地方を中心に信仰があったとされる神で、古代から存在したと考えられていますが日本の記紀神話(古事記・日本書紀)には登場しません。
そのため東北地方から関東地方にかけての古代日本の在地信仰に由来する神と考えられていますが、あまりにも時代が古く、前述の通り文献への記載もないことから、その正体や起源については解明ができないまま現在へと至っています。
中世以降に神社の縁起や社伝に「荒脛巾」「荒覇吐」「荒吐」「荒波々幾」などの表記で登場しますが、多くは後にあてられた漢字の可能性が高く、「アラハバキ」とカタカナ表記で語るのが最も適切だと考えられます。
「なんの神なのか?」という部分も様々な説が語られています。以下はその一部です。
- 足や旅の神説
- 蛇神説
- 塞の神説
- 蝦夷(エミシ)の神説
- 製鉄祖神説
- アイヌの古語にまつわる性神説
さらにネットで「アラハバキ」を検索すると、青森県つがる市の亀ヶ岡遺跡などから出土した遮光器土偶(しゃこうきどぐう)がアラハバキの姿であるという記載が散見されますが、この情報のルーツは「偽書」とする説が濃厚な東日流外三郡誌(つがるそとさんぐんし)と呼ばれる古史古伝の記述を参考としたもので、その信憑性には疑問符が付きます。
つまり「その姿・起源・何の神なのか」も…全てが不明で「アラハバキ」という名前だけが現在まで語り継がれているという状況です。
各説の詳細は以下の記事で解説しています。
岩出山の荒脛巾神社の解説板に記される驚きの内容
現地にはこの荒脛巾神社の由来その他を解説する非常に興味深い内容の解説板が設置されています。

だいぶ古いものらしく、文字がかなり掠れていて判別不能な部分もありましたが、わかる範囲で以下に書き起こしてみました。
荒脛巾神社御縁起
所在地:岩出山町下一栗字荒脛巾一六四番地
祭 神:祖神として天・地・水の三神を基とし、日輪(日・月星)を父なる神、万物を育む地・水(山海)を母なる神とする。自然信仰で、二千年に及んで鎮座する産土神であります。
由 来:古代先住民(荒吐族・荒脛巾族)の祖神、守護神として祀ったもので、ある文献によると、古代の東北、関東の地に六百余社数え、平安期のアラバキ系中心王侯に南部衣川、安倍氏が後裔と言われる前九年の役後、改神或いは合祀の憂目にあい、現在県内に残る荒脛巾社は当社他数社のご鎮座がみられます。
祭祀年:定かではないが、アラバキ族の王城の地を西暦前は米山町朝来に、また西暦後多賀城へ、そして古川市宮沢(三〇二年)に移したとある。これを証とすればこの何れかの時代に、この地に一族集団が安住の地を求め守護神として祀ったものと推定される
御霊験:永い間の信仰体験から何時とはなく「みずいぼ」の神と呼ばれ最もあらたかであります。また「目・耳・鼻」の神、また請願成就の産土神として二千年に〇〇(判別不能)鎮座し、今なお崇敬者が絶えないあらたかな神であります
例祭日:旧九月二十九日 荒脛巾神社
まず驚くべきは創建年。「二千年に及んで鎮座する産土神」という記載が事実であれば、紀元前後の境の頃から既にこの地に鎮座していたことになります。
さらに「古代先住民(荒吐族・荒脛巾族)の祖神、守護神として祀ったもの」という記載は、アラハバキは神ではなく先住民族そのものを指していたとも読み取れます。なお奥州安倍氏が一族の守護神として信仰していたとする説は他のアラハバキ社でも見られる記述です。
「アラバキ族の王城の地を西暦前は米山町朝来に、また西暦後多賀城へ、そして古川市宮沢(三〇二年)に移したとある。」の部分に関しては、現在は合併等で住所表記が変わっていますが、登米市米山町の朝来神社周辺、多賀城は多賀城市、古川市宮沢は大崎市古川宮沢の事を指していると考えられます。
事実であればどれも新発見ばかりで驚くべき記述なのですが…古代先住民(荒吐族・荒脛巾族)という記述は前述した「東日流外三郡誌」の中に登場するもので、このことから真偽には若干の疑義が発生します…。
岩出山の荒脛巾神社の様子
荒脛巾神社は大崎市から鳴子温泉へと向かう国道108号線のすぐ脇の田園地帯に鎮座しています。

参道となるあぜ道の入り口には解説板と「みずいぼ」の神を主張する標柱が…。

鳥居、社ともにかなりの年季を感じますが決して粗末なわけではなく、境内も花が植えられきれいに整備されています。ちなみに上写真の右手に見えている道路が国道108号線になります。

社には沢山の端切れが結び付けられていて、前述した「足・旅の神説」にまつわる脛巾(はばき)の奉納だと想像できます。

中には布で人型をつくっていると思われるものも。これは何を意味するのか分かりませんでした…。

社の裏手には「三吉神社」と刻まれた石碑が。おそらく参拝記念の石碑奉納だと思われます。

社の左手にはお稲荷さんと思われる石祠も。賽銭は地べたにそのまま置くという、中々にワイルドなスタイルでした。
最後に
古代神アラハバキの存在を知った瞬間から興味が湧き、東北各地のアラハバキ社を巡ってきた筆者ですが、多くは「祀られている」という事実があるだけで、解説などはほぼ皆無でした。
しかしここには事細かな解説があり、色々と想像が掻き立てられます…。
解説板の設置された時期は不明ですが、風化具合から昭和~平成のいずれかの時期に設置されたものだと推測できます。
なので、1975年(昭和50年)から1977年(昭和52年)にかけて青森県北津軽郡市浦村(現:青森県五所川原市)が「市浦村史 資料編」(上中下の三部作)として刊行し、賛否渦巻く大反響を呼びつつも現在では「偽書」であることがほぼ確実視されている「東日流外三郡誌」の内容を元に脚色されている可能性も否定はできません…。
以上の理由から記載内容の真偽はわかりませんが、古代東北の謎にロマンを感じる人にはぜひ一度訪れてみてほしい神社です!
荒脛巾神社<Information>
- 名 称:荒脛巾神社
- 住 所:〒989-6404 宮城県大崎市岩出山下一栗荒脛巾164
- 電話番号:ー
- 公式URL:ー
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