
【前編】一関・平泉の「もち本膳」とは?|全てがお餅でつくられる本膳料理
「おもてなし」という言葉に象徴されるように、相手や来客を深く思いやり細やかな心配りをすることは、日本文化を特徴づける美徳の一つとして知られています。
そうしたホスピタリティの精神は観光業における接遇やサービスをはじめ、茶道や華道などの伝統文化としても結実し国際的にも評価されていることは周知のとおりです。
おもてなしの具体的な内容は多岐にわたりますが、なかでも「食事」「料理」は普遍的かつ非常に重要なテーマの一つといえるでしょう。
現代でも「食卓外交」という表現があるように国際関係においても食事はコミュニケーションの場において大きな役割を果たし、歴史的にも重大な局面でおもてなしの料理が円滑な交渉に貢献してきました。
そうした特別な料理などでおもてなしすることを「饗応」と呼び、武士や公家のみならず庶民の間にもハレの日のスペシャルメニューがあったのです。
そのうち武家における正式な儀礼としての格式を持つものに「本膳料理」というスタイルがあります。
時代によってその言葉が指すものの内容には変遷がありますが、茶道の「懐石料理」や現在も日本料理のコースとして一般的な「会席料理」の源流にもなりました。

そんな本膳料理ですが、岩手県にはなんとこれをすべてお餅でつくる「もち本膳」という郷土料理が伝わっているのです。
本記事では武家の礼法を継承したおもてなし料理、岩手県南部の一関・平泉地方のもち本膳についてご紹介します。
一関・平泉の伝統「もち本膳」とは
「もちの聖地」「日本一のもちの郷」などと呼ばれる岩手県の一関市、そして平泉市にかけての郷土料理で、古式の日本料理である「本膳」をすべて餅によって拵えるのが「もち本膳」です。

通常の本膳といえば、一つのお膳でご飯・汁・煮物・なます・香の物のいわゆる「一汁三菜」が供されるのがパターンの一種ですが、もち本膳ではなますと香の物以外はすべてもち料理となります。
岩手県南のこの地域はかつて仙台藩の統治下にあり、伊達政宗以来の伝統として毎月一日と十五日にはもちを搗いて神前に供える風習があったといいます。
こうした背景から膳にもちを供することがおよそ400年にもわたって続けられ、お祝い事の際ばかりでなく不祝儀でも口にする重要な行事食として受け継がれてきたのでした。
かつての庶民が普段からもち料理を口にできたわけではないといいますが、慶弔を問わず遠方からの来客のため、まずはおなかいっぱいの振る舞いをするというおもてなしの心がもち本膳に込められているのです。
もち本膳の作法といただき方
もち本膳は「本膳」の名が付くように、非常に格式の高い料理スタイルとして完成されてきました。
これにはもてなす側にもいただく側にも厳密な作法があり、その様子は古式ゆかしい武家や公家の礼式を継承しています。
まず、この料理をいただく際には「おとりもち様」という進行役の存在が欠かせません。
上の動画は一関市のもちPR動画ですが、中学校でのもち本膳のシーンに「おとりもち様」が登場します。
おとりもち様は饗応が滞りなく行われるか、全体の流れや客の様子に隅々まで気を配る必要があるのはもちろん、儀式としての食事を引き締める挨拶も行わねばなりません。
そんなおとりもち様の口上として、「もち食推進会議」副会長・佐藤育郎氏の例を挙げてみましょう。
おとりもち様の口上
・始めの口上
「ご一同様に申し上げます。本日はお日柄もよく、またお天気もよく、まことにお祝い日和でございます。ご一同様には遠路当地までお越しいただき、まことにありがたい次第でございます。この地方のおもてなし、もち本膳は最高のおもてなし膳とされております。今から四百年前のこと、仙台藩祖伊達政宗公、田村右京太夫ともにお膳立ては小笠原流、献立は四條流と伝わっております。本日はその伝統にもとづいて用意いたしました本膳でございます。どうぞこころよくお召し上がりいただきたいと申し上げます。」
・納めの口上
「御正客様はじめ、ご一同様に申し上げます。本日のもち本膳、お客様方にはとこごとくお召し上がりいただき、たいへんうれしく存じ上げます。膳の湯もお召し上がりいただき、これをもちまして本日の納めとさせていただきます。御正客様はじめご一同様、どうも本日はありがとうございました」
このようにまずは客を前にして来訪の礼、そしてもち本膳の位置づけと歴史を述べるものとなっています。
納めの口上はお開きに際しての挨拶で、「膳の湯」とは食事の最後に椀へお湯を注いで飲む作法を意味しています。
また、他にも始めの口上で、
「本日はいたってのかたもちでございますが、ところのしきたりに従いまして差し上げます」
と述べることもあり、この「かたもち」とは固い餅ですがといった謙遜と、時間を置くと固くなるもち、つまり混ぜ物のない純粋なもちであるという意味を含むものです。
おとりもち様は両手をついて頭を低くしてこれらの口上を述べるため、客も同じく両手をついて礼をしまします。
このように古式ゆかしく真心にあふれたホスト側に対して、ゲストも伝統に則った作法どおりに食事を進める必要があります。次に具体的なもち本膳の食べ方を概観しましょう。
もち本膳の食べ方
もち本膳には独自のテーブルマナーがあり、お膳の上のものを自由に食べていいわけではありません。
一汁三菜の一般的な本膳は真ん中に香の物、左手前にご飯、その右に汁、左奥に坪(つぼ:汁気の少ない煮物など)、その右になますを配置するのがセオリーですが、もち本膳は香の物となます以外がもち料理でできています。
ご飯の位置にはあんこもち、汁の位置には汁もち(雑煮)、坪の位置には「料理もち」と呼ばれるさまざまに調味されたもち料理が配されます。
もち本膳では最初になますを一口食べるのが作法で、これには甘酢などで調味した大根おろしを用いるのが一般的です。

もちがつかえないようにまずはこのなますでのどを潤し、その後はあんこもち・料理もち・汁もちの順に箸をつけて次のもちに移る前にはなますを食べて口中をさっぱりさせます。
あんこもちと汁もちはおかわり自由ですが料理もちは基本的におかわりできない点にも注意しましょう。
香の物にはたくあんが用意され、どのタイミングで食べてもいいのですが必ず一枚は食事の最後まで残しておくようにします。
食事が終わると先にも述べた「膳の湯」という白湯が椀に注がれるため、一枚残しておいたたくあんを使ってきれいに拭いながらお湯を飲み干し、その後おとりもち様の納めの挨拶を受けてもち本膳は終了です。
おもてなしの料理が作法に則った儀礼でもあった時代の遺風を感じさせる、高い格式とあたたかな心配りに満ちた食事であるといえるでしょう。














