
帆手祭|鹽竈神社で開催される300年以上の歴史を持つ火伏せの神事【宮城県塩竃市】
帆手祭(ほてまつり)は宮城県塩竃市の鹽竈神社で、毎年3月10日に執り行われる火伏せの神事で、激しく動き回る御神輿の様から「日本三大荒神輿」の一つにも数えられています。
帆手祭(ほてまつり)とは?
祭りの起源は江戸時代である天和2年(1682年)まで遡ります。
この年、塩竈の町は大火に見舞われ、港湾取引が減少し地域が衰退したことから、鹽竈さまに火伏せと景気回復を祈願する目的で帆手祭の起源となる祭りが始められます。
当時、一般人は鹽竈神社の唐門から中へは入れませんでしたが、この祭の日は特別に若者(伜)だけは中に入れてもらう許可が出たことから、当初は「伜まつり」と呼ばれ、正月20日に行われていました。
天和4年(1684年)、「祭りを毎年行うのは贅沢だ」とのお達しが出て一旦中断しましたが、なんとこの中断した年に塩竈の町が再度大火に見舞われます。そこで祭りは再び復活し、以後正月28日に行われるようになります。
その後享保18年(1733年)に御神輿が完成。神輿の渡御が行われるようになり、明治5年(1872年)に「帆手祭」と改称、祭日も3月10日に変更され、戦時中も中止することなく受け継がれ現在へと至ります。
祭りは例年一日かけて行われ、午前11時30分頃に表参道の急階段を御神輿が下る「神輿御出発」と午後7時00分頃に市内を練り歩いてきた御神輿が神社へと戻り、表参道を登る「表坂下還御」が見どころになっています。
帆手祭の様子(2026.03.10のフォトレポート)
以下は2026年3月10日に執り行われた帆手祭の様子です。
丸一日滞在することはできませんでしたが神輿御出発までの様子を見守ってきました。


当日は境内の神楽殿で、鹽竈神社に伝わる塩竃神楽の演舞奉納も行われていました。

鹽竈神社の唐門。帆手祭の縁起によると祭りが始まった江戸時代頃は、この門の先には一般人は入れなかったようです。


御神輿のお供をする行列参加者の方々はそれぞれ華やかな衣装に身を包んでいます。

御神輿が下る表参道の202段の急階段。別名:男坂とも呼ばれます。

火伏せの神事だけあり、まずは纏を持った火消姿の参加者が表参道を登ってきます。

御神輿の出発に先立ち行われる発輿祭。纏の演舞が披露されていました。

階段を下り始めた御神輿。一歩一歩しっかりと確かめながら下っていきます。御神輿の重さは約1トンといわれ、これを16名の担ぎ手で支えます。

御神輿が下り始めた頃には、参道両脇から階段を下った先まで…多くの見物客で埋め尽くされます。

階段中ごろの踊り場から撮影した写真、意外と緩やかに見えるかもしれませんが実際はかなり急です。

無事に下り終えて拍手喝采に包まれる御神輿。

この後は午後七時に神社に戻るまで、一日かけて塩竃市内を巡行します。

荒神輿の名前の通り、突然結構な速さで走り出す御神輿。この後も突然走り出したり止まったり回りだしたりと…荒々しい巡行をするようです。
鹽竈神社の帆手祭<Information>
- 名 称:鹽竈神社の帆手祭(ほてまつり)
- 日 程:毎年3月10日
- 場 所:鹽竈神社(その後塩竃市内を巡行)
- 公式URL:鹽竈神社公式HP – まつりの由来
Google Map
- 関連記事















