
【今日は何の日?|東北版】6月21日は何の日?
林子平の誕生日・忌日(宮城県)

「寛政の三奇人」の一人とされた江戸時代後期の経世論家・林子平(はやししへい)は、元文3年6月21日(新暦:1738年8月6日)に幕臣・岡村良通の次男として江戸に誕生しました。
長姉と次姉が仙台藩の江戸屋敷に奉公するようになり、次姉のなお(きよ)が仙台藩6代藩主・伊達宗村の側室に抜擢され「お清の方」と呼ばれるようなると、その縁からやがて仙台藩士として150石の禄を受け、兄である友諒や家族とともに仙台川内に移住しました。
「三国通覧図説」「海国兵談」などの著作を著しますが、「海国兵談」は海防の必要性を説く軍事書だったため、版木を没収され後に蟄居に処されます。
この時「親も無し 妻無し子無し版木無し 金も無けれど死にたくも無し」と嘆き、自ら六無斎(ろくむさい)と号したといわれています。
寛政5年6月21日(新暦:1793年7月28日)に死去。墓所は仙台市青葉区の龍雲院にあり、その地名は1967年にそれまでの「半子町」から現在の「子平町」へと改称されました。
参考
- Wikipedia:林子平























