200系

今や列車は1日85往復以上!東北新幹線が今の姿になるまで

関東地方と東北地方を結ぶ「東日本の大動脈」とも呼ばれる東北新幹線の、最初の区間の開業は1982年6月23日。
開業当時の東北新幹線の姿は、起点・終点が異なるなど、現在とはだいぶ違っていました。どのような段階を踏んで、今の姿になっていったのでしょうか?


現在の東北新幹線

E5系電車
現在の東北新幹線の主力車両 E5系電車

2026年現在の東北新幹線は東京都千代田区にある東京駅から、青森県青森市にある新青森駅までの674.9kmを結ぶ路線となっています。全区間がJR東日本の管轄です。途中で、埼玉県の大宮駅、栃木県の宇都宮駅、那須塩原駅、福島県の郡山駅、福島駅、宮城県の仙台駅、岩手県の盛岡駅といった駅を経由します。

東北新幹線を走る主な列車には、東北新幹線内で運行が完結する列車(なすの・やまびこ・はやぶさ)や、新青森駅で線路がつながっている東北新幹線と北海道新幹線を直通運転する列車(はやぶさ・はやて)があります。これらの種別の列車だけで1日85往復以上が運行されています。

この他にも、上越新幹線・北陸新幹線の列車も、東京駅から大宮駅までは東北新幹線の線路を走行します。そのため、この区間は1時間あたり上下それぞれ15本程度の列車が走ることもある過密ダイヤとなっているのです。

停車駅が少ないタイプの「はやぶさ」の中には、秋田新幹線の列車「こまち」と連結して走る列車もあります。秋田新幹線は東京駅と秋田駅を結んでいて、東京駅から盛岡駅までの区間では東北新幹線の線路を走り「はやぶさ」と連結しているのです。

この連結運転を行っているのは、先ほど述べたように東京駅~大宮駅間の列車の本数が多いことが大きな要因です。2本の列車を連結して走らせることで、少しでも多くの列車を運行できるようにしています。

また「はやぶさ」と「こまち」の、宇都宮駅~盛岡駅間における最高速度は時速320kmとなっていて、現在日本で営業運転中の鉄道の中では最速です。

「やまびこ」の中にも山形新幹線の「つばさ」と連結して走る列車があります。山形新幹線は東京駅と山形県の山形駅・新庄駅を結んでおり、東京駅から福島駅までの区間では東北新幹線の線路を走るのです。


東北新幹線の計画

東北新幹線は、1969年に閣議決定された「新全国総合開発計画」にて、その構想が示されました。当時の日本には、新幹線はまだ東京駅と新大阪駅までを結ぶ東海道新幹線しか開業しておらず、新大阪駅~博多駅間の山陽新幹線は建設中という段階でした。また、JR各社はまだ存在せず、国鉄(こくてつ)が新幹線を含む全国各地の鉄道を運営していた時代でした。

翌1970年には、新幹線を全国へ整備する目的で「全国新幹線鉄道整備法」(通称:全幹法)という法律が公布され、この法律に基づき、1971年には東北新幹線、上越新幹線、成田新幹線(着工したものの未開業に終わります)の3路線の計画が定められたのです。

ただし、この時点で東北新幹線の整備計画が決まった区間は、東京都から宇都宮市付近、仙台市付近を経て盛岡市までの区間でした。

表1 1971年に整備計画が定められた3路線

路線名起点終点主要な経由地
東北新幹線東京都盛岡市宇都宮市付近、
仙台市付近
上越新幹線東京都新潟市
成田新幹線
(実現せず)
東京都成田市(千葉県)

東北新幹線を建設する意義は、ただ単に高速で移動できるようになることだけではありません。東北新幹線に並行する路線の東北本線には、新幹線が開業するまでは、非常に多くの列車が走っていました。東海道新幹線が開業する前の東海道本線の列車の本数に匹敵していたというので、もはや増発が困難な状況だったと思われます。

東北新幹線が開業することで、東北本線を走っていた特急列車が担っていた役割の大部分を東北新幹線が代替できるので他の列車を増発できるようになりました。このことが、東北新幹線が開業したことで得られた1つの大きな効果なのです。

東北新幹線の盛岡市までの整備計画が決定してから2年後の1973年に、東北新幹線の盛岡駅以北などの5つの路線の整備計画が追加で定められました。この5路線は「整備新幹線」と呼ばれています。

表2 整備新幹線と呼ばれる5つの路線

路線名起点終点主要な経由地
北海道新幹線青森市札幌市函館市(北海道)付近、
小樽市(同)付近
東北新幹線盛岡市青森市八戸市(青森県)付近
北陸新幹線東京都大阪市長野市付近、
富山市付近、
小浜市(福井県)付近
九州新幹線・鹿児島ルート福岡市鹿児島市熊本市付近、
川内市(現:薩摩川内市、鹿児島県)付近
九州新幹線・長崎ルート
(西九州新幹線)
福岡市長崎市佐賀市付近

盛岡市から青森市までの区間の経由地については、青森県八戸市を経由する東回りルートとするか、秋田県大館市や青森県弘前市を経由する西ルートとするかを巡り、激しい誘致合戦が繰り広げられました。

最終的には、日本海側を経由して富山市・新潟市と青森市を結ぶ「羽越新幹線」の計画が存在することを根拠として、東北新幹線は東回りルートとするように調整されました。ただし、羽越新幹線については、計画策定から50年以上経った今もなお具体的な整備計画はありません。東北地方の太平洋側と日本海側の双方に新幹線が通るという当初の未来図からはほど遠い現状です。

羽越新幹線の計画などについて解説した記事がありますので、参考としてご覧ください。


東京都にも青森県にも行けない状態で開業

200系電車
東北新幹線開業当時の車両 200系電車

1982年6月23日に、東北新幹線は大宮駅から盛岡駅までの区間が開業しました。東京都と青森県を結ぶ計画の東北新幹線は、そのどちらにも行けない状態で開業したのです。

既に説明したように、東北新幹線の整備計画が最初に定められたのは東京都から盛岡市までだったので、そのために北側の最初の開業区間は盛岡までとなりました。

一方、南側が大宮止まりとなってしまったのは、大宮駅以南の建設工事が遅延したためです。主に沿線自治体で起きた建設反対運動によって、工事の停滞や計画の一部変更などが発生し、1982年の開業には間に合わなくなったのです。

東京都の駅から直接東北新幹線に乗れないので、東北本線の上野駅と大宮駅の間で、新幹線と乗り継ぐための列車「新幹線リレー号」が運行されました。上野駅~大宮駅間の所要時間は25分程度でした。

開業当時に投入されたのは200系電車という車両でした。開業時点では最高速度時速210kmで運転していましたが、後に時速240kmへと引き上げられます。

1982年6月23日の開業は「暫定開業」と位置付けられており、時刻表に掲載されている列車の本数は、運転日が限定される列車を含めても上下それぞれ1日18本(毎日運転の列車に限定すれば10本)と限られていました。並行する東北本線で運行される特急列車は、この時点ではある程度残されています。

例えば、東北本線の上野駅~青森駅間で運行されていた「はつかり」は、この時点では存続しました。ただし「はつかり」が大宮駅から盛岡駅まで約6時間かかっていたのに対して、東北新幹線の「やまびこ」は同区間を3時間17分で結びました。「はつかり」を利用していた人たちの大部分は、この時点で新幹線の利用に転移してしまったと推測されます。

暫定開業時点では、列車の運行パターンが限られていました。

  • 大宮~仙台間を結び、途中、宇都宮、郡山、福島に停車する「やまびこ」
  • 大宮~盛岡間を結び、途中、宇都宮、郡山、福島、仙台、古川、一ノ関、北上に停車する「やまびこ」
  • 大宮~仙台間を結び、途中、全ての駅(小山、宇都宮、那須塩原、新白河、郡山、福島、白石蔵王)に停車する「あおば」

以上の3種類のみです。

5か月後の11月15日に、東北新幹線は「本格開業」を迎えます。列車の本数は1日上下それぞれ30本まで大幅に増発されました。増発された列車の中には「仙台発・盛岡行きのあおば」「大宮発・那須塩原行きのあおば」などの、暫定開業時には存在しなかったパターンの列車も含まれています。

また、東北本線の特急列車は、基本的に他の路線への直通列車や夜行列車を除いて運転が取り止められました。

この日には同時に、大宮駅と新潟駅を結ぶ上越新幹線が開業しています。


上野駅・東京駅への延伸

1985年3月14日に東北新幹線は大宮駅から、東京都台東区にある上野駅への延伸を果たします。暫定開業から3年弱かかって、ようやく東京都内への乗り入れがかなったのでした。当然のことながら「新幹線リレー号」は廃止されています。

同時に、東北新幹線の最高速度が時速210kmから時速240kmへと引き上げられます。加えて「やまびこ」の中に停車駅を大幅に絞った列車(停車駅は大宮、福島、仙台、または大宮、郡山、仙台のみ)が登場した結果、上野駅~盛岡駅間の所要時間は最短2時間45分となりました。

そして1991年6月20日についに東京駅へと延伸します。国鉄は1987年に解体され、既にJRの時代に移っていました。

延伸開業した東京~大宮間の線路には、上越新幹線の列車も走ることになりました。上越新幹線は元の計画では、大宮駅から東北新幹線とは別の線路を敷き、新宿駅が東京側の起点になる予定でした。しかし、東北新幹線の線路を走って上野駅や東京駅に乗り入れることになり、結果としてダイヤが過密な状態が現在まで続いているのです。


山形新幹線・秋田新幹線の開業

連結して走行する現在の「やまびこ」(左)と「つばさ」

1992年7月1日には、東京駅と山形駅を直通する山形新幹線が開業します。山形新幹線の列車である「つばさ」は、既述の通り、東京駅から福島駅までは東北新幹線の線路を走行するのみならず、原則的に東北新幹線の「やまびこ」と連結した状態で運行されることとなりました。

1997年3月22日には、東京駅~秋田駅間の秋田新幹線が開業します。秋田新幹線の「こまち」も東京駅から盛岡駅までは東北新幹線の列車と連結して走行しています。

およそ半年後の10月1日には、東北新幹線の列車愛称の見直しが行われます。「あおば」については、全ての列車の愛称が1995年に登場していた新しい愛称の「なすの」(当初は東京駅~那須塩原駅間の運行)か、あるいは「やまびこ」に変更されて「あおば」の列車愛称は廃止されました。列車愛称が跡形もなく消えたのは、在来線では数あれど新幹線では珍しい事例です。


2階建て新幹線の登場と消滅

最後の2階建て新幹線 E4系電車

東北新幹線には、一時期、2階建ての車両が走っていました。最初に登場したのは1990年で、200系の一部の編成に、2階建て車両が連結されたのです。カフェテリアや個室などが設置されている、サービス向上を目指した車両でした。

さらに1994年には、新幹線で通勤する人たちのために着席できる定員の増化を目指した車両として、12両編成の全てが2階建てのE1系電車がデビューします。1997年には、8両編成で、2本つなげて16両でも運転できる、改良型全車2階建て新幹線といえるE4系電車が登場します。

E1系やE4系が使用される列車は愛称が「Maxやまびこ」「Maxあおば」「Maxなすの」などとなっていて、容易に区別ができました。

着席定員の増加という狙いは登場当時としては妥当なものでした。しかし、後に東北新幹線が青森市の方へ延伸していくと、2階建ての車両は時速240kmsしか出せず高速化に対応できないことがネックとなっていきます。また、2階建てであるためにバリアフリー化が難しいことも難点だったといえるでしょう。

2012年までに2階建て車両は東北新幹線から全て撤退しています。上越新幹線では引き続き使用されたものの、こちらも2021年までに全て引退しており、残念ながら現在の日本の新幹線に2階建て車両は一切運行されていません


計画が一時停滞していた盛岡以北

国鉄時代の1982年に、東北新幹線の東北地方側は盛岡駅まで開業していたものの、以北の建設は進んでいませんでした。当時の国鉄の経営が悪化していたためです。

1987年にようやく建設の凍結解除が決まるものの、解除後の1992年に決まった東北新幹線の整備案は、一部区間については東北本線を新幹線の列車が通れるように改良するというものでした(山形・秋田新幹線と同じ、新幹線と在来線を直通運転するミニ新幹線方式ということになります)。建設費を削減できる一方、在来線改良区間では速度が出せないため、時間短縮効果はある程度限定的となります。

これに対し、青森県などは全区間を正真正銘の新幹線(フル規格新幹線)とすることを求め、最終的には全区間をフル規格新幹線とすることが決定しました。


全区間の開業へ

フル規格での建設が決まってからは延伸工事が進められていきました。2002年12月1日に、東北新幹線は盛岡駅から青森県の八戸駅まで延伸開業します。このときに「やまびこ」よりも停車駅を絞った最速達列車として「はやて」が登場します。「はやて」には、1997年にデビューしたE2系という電車が投入されました。E2系の最高速度は時速275kmです。

E2系電車
E2系電車

そして、八戸駅までの開業から8年後の2010年12月4日に、ついに新青森駅までの延伸開業が実現します。1973年に盛岡市から青森市までの整備計画が定められてから、実に37年が経過していました。しかしそれでも、1973年に整備が決まった整備新幹線5路線の中では、最初に全区間が開業した路線(※)となったのです。

※九州新幹線・鹿児島ルートは4か月後の2011年3月12日に全通しました。一方、北海道新幹線には未開業区間があり、北陸新幹線と九州新幹線・長崎ルート(西九州新幹線)に至っては未着工の区間があります。

表3 東北新幹線の区間別開業年月日

開業順区間開業年月日
3東京~上野1991(平成3)年6月20日
2上野~大宮1985(昭和60)年3月14日
1大宮~盛岡1982(昭和57)年6月23日(暫定開業)
1982年11月15日(本格開業)
4盛岡~八戸2002(平成14)年12月1日
5八戸~新青森2010(平成22)年12月4日

「はやぶさ」の登場

E5系電車
「はやぶさ」などに投入されるE5系電車

全線開業から間もない2011年3月5日に、新型車両のE5系を使用した「はやぶさ」(※)の運転が開始されます。当時の最高速度は時速300kmでした。E2系で運行されていた「はやて」に代わって、東北新幹線の最速達列車の地位を確立するかと思われました。

※「はやぶさ」という愛称は公募の結果を元にして決められたものの、公募で1位の「はつかり」にするべきだった、などの多くの異論が当時は飛び交いました。

しかし、そのわずか6日後に発生した未曽有の大災害により、東北新幹線は大きな被害を受け、運休を余儀なくされます。全区間で運転再開したのは4月29日のことでした。その後も一部区間で速度規制が続き、発災前のダイヤに戻ったのは発災から半年後の9月23日です。

2013年3月16日のダイヤ改正で、E5系を使用した「はやぶさ」の一部列車について最高速度が時速320kmに引き上げられ、東京駅~新青森駅間の所要時間は、最短で2時間59分となりました。東北本線の特急「はつかり」が上野駅~青森駅間に9時間程度かけていた時代を知る人からすれば、隔世の感があることでしょう。

翌2014年3月15日のダイヤ改正では、全ての「はやぶさ」の最高速度が引き上げられます。このときをもって、東北新幹線は概ね「現在の姿になった」といえるのではないでしょうか。

なお、最速達列車の地位を失った「はやて」の運行本数や区間は順次減らされていき、2026年現在では1日あたり盛岡駅~新函館北斗駅間1往復と新青森駅~新函館北斗駅間(※東北新幹線の区間には乗り入れない)1往復のみの運行に縮小されています。


これからの東北新幹線

E10系外観
次世代の車両 E10系電車

2016年3月26日に、北海道新幹線の新青森~新函館北斗間が開業します。これに伴い、東北新幹線の「はやぶさ」と「はやて」は、北海道新幹線との直通運転を開始しました。また、JR北海道が所有する車両であるH5系電車が登場し、東北新幹線に乗り入れるようになります。

北海道新幹線は、札幌駅まで延伸するべく工事が進行中です。延伸開業の時期は2038年度末頃と予定されており、まだまだ先であることは否めませんが、開業すれば東京から札幌までの直通列車が運行されると見込まれます。また、東北新幹線には、東北地方と北海道を結ぶ役割も本格的に求められていくことになるでしょう。

東北新幹線の次の世代の車両についても既に発表されています。E10系という車両で、最高速度こそE5系と同じ時速320kmに据え置かれているものの、制動距離の短縮などによる安全性の向上や、車内で仕事や勉強がしたい乗客向けのサービスの充実、荷物輸送の拡充などのサービス向上を目指している車両です。

開業以来40年以上、大きな役割を果たしてきた東北新幹線ですが、その一方で、連結して走行していた列車の分離が2度起きたことや、たびたび停電などで大規模な運休が発生していることは、乗客にけが人が発生するような事態には至っていないものの、気がかりなところです。

東北新幹線がこれまでと同様に今後も東北地方の大動脈であり続けること以上に、安心して利用できる安全な交通機関であることを願います。


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