
【前編】厳しい冬を乗り切る為の東北六県の「漬物」文化|青森・岩手・秋田編
日本は世界有数の発酵食品利用国といわれ、和食の調味料として必要不可欠な醤油や味噌をはじめ、発酵の力なくしては食文化が成り立たないといっても過言ではありません。
そんななか、食卓を彩る伝統的な副食物の代表として「漬物」が挙げられます。
その定義は非常に広いものですが、野菜や魚介などを塩・味噌・醤・糠・酒粕などに漬け込むことで味わいを増しつつ、長期の備蓄を可能とした保存食としての側面も強いといえるでしょう。
こうした漬物はさまざまな種類のものが地域の特色を備えて全国に存在しますが、なかでも東北地方は特に豊かな様相を呈しているエリアです。
それには長く厳しい冬の時期を乗り切るために食料を保存する生活の知恵が込められており、民俗として深く根付いている文化的土壌があります。
そこで本記事では、東北六県に伝わる漬物や保存食の例をご紹介しつつ、保存に不可欠な塩の産地や珍しい信仰についても見ていきたいと思います。
第一弾は青森・岩手・秋田の3県について見ていきましょう。
青森県
まずは本州最北の地、青森県のお漬物です。
長く厳しい冬を乗り切るための食料として、また生鮮野菜の入手が困難な厳寒期におけるビタミン源として、多種多様な漬物が発達しました。

そのうち3種をご紹介します。
すしこ
初手から変化球、なんと「ご飯」をお漬物にした青森の郷土料理が「すしこ」です。

これは固めに炊いたもち米にキュウリの塩漬けまたは古漬けや赤紫蘇を合わせ、乳酸発酵させた独特のお漬物のことを指します。
青森県津軽地方の西北域、日本海に面したエリアの郷土料理として知られています。
ご飯を発酵させる保存食としては寿司の原型とされる「なれずし」や、東北・北海道の「飯鮨(いいずし)」が思い浮かびますが、すしこは魚介を使わず米と野菜のみの漬物である点が大きな特徴です。
すしこは赤紫蘇由来の鮮やかなピンク色に染まり、現代では紫キャベツを加えるレシピもあります。
ご飯の漬物というと不思議な印象があるかもしれませんが、乳酸発酵由来の酸味が心地よく、おかずとしても酒肴としても味わい深い逸品として知られています。
また、腹もちのよいもち米を使っていることから農作業時の食事としても適しており、野菜も同時に摂れることから冬場の栄養源といった側面からも生活の知恵を感じられるのではないでしょうか。
ちなみにこうした飯鮨系統のご飯を用いた漬物の例は、東北・北海道など寒冷地で有名ですが、滋賀県の鮒ずしや和歌山県のなれずし等々、古くからの民俗事例を認められます。
しそ巻き梅
津軽地方の郷土料理として知られるのが「しそ巻き梅」です。

これは梅酢に浸した赤紫蘇の葉を塩漬けにして鮮やかに発色させ、種を抜いた梅干しを包んで甘酢に漬けるという手の込んだ調理を行う漬物です。
まさしく読んで字のごとくではありますが、この食べ物の歴史にもさまざまなドラマが秘められています。
まず、しそ巻き梅の誕生は明治37年(1904年)に勃発した日露戦争と関係深いとされています。輸送によってやわらかい梅干しが潰れるのを避けるために紫蘇の葉で巻いたのが始まりとされており、現代風の表現では戦闘糧食の一種として開発されたともいえるでしょう。
また、この漬物に使うのは通常の梅とは少し異なる点も特徴的です。津軽地方ではあんずの実を塩漬けして干す、梅干しならぬ杏干しがありこれをしそ巻きに用いることもあります。
それに、単に梅といっても寒冷地の青森県では耐寒性の強い「豊後梅(ぶんごうめ)」を材料にするケースもよく見られます。これは梅とあんずの交雑種とされ、寒さに強く大型に実り、種が小さく果肉が厚いという特徴から重宝される食材の一つです。
とう漬け
津軽地方を中心とした郷土料理で、塩漬けした紫蘇の実を使って作られるのが「とう漬け」です。

「とう」は紫蘇の実のことで、夏から秋の時期に収穫したこれを塩蔵することで調味料としても使うことができます。
塩漬けした紫蘇の実に刻んだ大根・人参・きゅうり・なす・みょうが・ししとう・ごぼうなどの野菜を合わせ、醤油または味噌で漬け込んだものをとう漬けといいます。
材料や味付けにはさまざまなバリエーションがあって自由度が高く、なかにはワラビなどの山菜を混ぜ込むレシピもあるといいます。
足の早い夏野菜も長期保存できる生活の知恵であり、そのままおかずとして食べることはもちろん、酒肴やお茶請けにしたりご飯に混ぜて逸品としたりといった楽しみ方もあります。
岩手県
岩手県は豊富な海産物に恵まれ、冷涼な気候から小麦や雑穀類を用いた粉食が発達した点に食文化の特徴があります。
また、県南部では仙台伊達家の影響から独自の餅食が興隆し、日本一の餅どころとしても知られています。

そんな岩手県から、特徴的なお漬物を3種ご紹介しましょう。
金婚漬

漬物や味噌の消費量が全国上位とされる岩手県。この地が誇る珍しい漬物の一つに「金婚漬(きんこづけ/きんこんづけ)」があります。
これは中のワタをくり抜いたシロウリに、細切りにしたゴボウやニンジンを昆布で巻き締めたものを詰めて味噌やもろみに漬け込んだものです。
名前の由来は、熟成するにしたがってべっこう色に変化していく様子を長年連れ添って金婚式を迎えた夫婦になぞらえたものとも、高級乾物となる食用なまこである「キンコ」に姿が似ているからともいわれています。
この漬物は整然とした切り口の模様が非常に美しいため家紋や花にもたとえられ、「芸術品」と称されます。そのめでたさから結婚式で供されたり贈り物として選ばれたりする縁起物としての側面もあり、味わいだけではなく目にも楽しい逸品といえるでしょう。
一升漬け
青唐辛子・醤油・米麹を一升(約1.8ℓ)ずつ合わせた郷土料理を「一升漬け」といいます。
正確には東北地方に広く伝わる料理ですが、ここでは岩手代表の一つとしてご紹介しましょう。
それぞれの材料を一升ずつ、1:1:1で合わせて合計三升用いることから、別名を「三升漬け」ともいいます。また、岩手では「麹南蛮(こうじなんばん)」と呼ばれることもあり、シンプルなレシピながらあらゆる用途に対応できる万能調味料でもあるのです。

岩手は特に辛味を好む地域といわれており、一升漬けはご飯のお供以外にも舐め物として酒肴に用いたり、料理の味付けに使ったりと高い汎用性を誇ります。
新たに仕込むだけではなく、継ぎ足すようにして熟成させていくこともあり、辛さのみならずまろやかな旨みが増していくことは発酵食品ならではの楽しみといえるでしょう。
いわば「食べるラー油」にも似た使い方ができる漬物ですが、珍しいところではラーメンのスープに溶かして味にアクセントを加えたり、盛岡名物の「じゃじゃ麺」に薬味として添えられたりするケースも見られます。
芭蕉菜漬
岩手県南地方を中心に伝わる、東北では比較的珍しいとされる青菜の漬物が「芭蕉菜漬(ばしょうなづけ)」です。

芭蕉菜とはアブラナ科の二年草で、高菜の仲間にあたります。9~10月頃に種を撒いて、40~50日程度でトウが立つ前の状態を収穫しますが、生長すると草丈は80㎝ほどにまでなる大型の野菜です。
独特の辛味とワイルドな青い風味があるため生食は難しいですが、漬菜としては食感を損なうことなく長期の保存に耐えるため、優秀な漬菜として知られています。
漬物としては塩・醤油・みりんなどのシンプルな調味が一般的ですが、アブラナ系統ならではのさわやかな辛味が食欲を刺激してご飯のお供だけではなくお茶請けとしてもよく用いられるといいます。
また、漬け込んでも鮮やかな緑色を保つことから目にも楽しく、かつて長い冬の時期にこの漬物の青さが暮らしに彩りを添えたであろうことがしのばれます。
秋田県
秋田県といえば超辛口の塩鮭「ぼだっこ」で知られるように、東北地方の中でも塩蔵品がよく発達した地域でもあります。
また、数ある保存食のなかでも特有のレシピでつくられるものも多く、他地域でも人気を博す有名なお漬物が存在しています。

そのうち3つを以下にご紹介しましょう。
いぶりがっこ
秋田の「いぶりがっこ」といえば他地域でも特に有名な郷土料理の一つではないでしょうか。

スモーキーな香りのする大根漬けのことですが、クリームチーズやワインともよく合うため、居酒屋などのメニューで口にしたことのある方も多いでしょう。
いぶりがっこの持つ特有の香りは、元々は囲炉裏の熱と煙を当てて乾燥させたことによるものです。冬場に大雪となりやすく日照時間が短くなる秋田県内陸部で発達した調理法で、例えるならば大根の燻製を漬け込んだものともいえるでしょう。
いぶりがっこの「いぶり」とは「燻し(いぶし)」のこと、「がっこ」は「漬物」の意味です。囲炉裏の上で熱と煙を当てて乾燥させた大根を、糠と塩などで漬けこむことで完成します。
数ある郷土料理の中でも、全国区といって過言ではない知名度を獲得している漬物ともいえるでしょう。
なた漬け
「なた漬け」とは読んで字のごとく、林業などで使用する刃の厚い鉈で粗く切り割った大根を甘酒に漬けた郷土料理です。

もちろん鉈でなくては作れないわけではなく、切り口を粗くすることで調味液に接する表面積を大きくして味を沁み込みやすくし、なおかつ食感にも変化をつける効果を発揮するものです。
皮をむいて粗く切り割った大根を塩漬けして水気を抜き、甘酒と砂糖で一週間ほど漬け込むと完成です。
麴由来の自然な甘みと旬の大根が持つみずみずしさが相まって、お茶請けにも適したさわやかな漬物として仕上がります。
花ずし

秋田県南地域でお正月やお祝い事に欠かせない漬物が「花ずし」です。
大ぶりななすを横に切り、もち米・菊の花・赤唐辛子を重ねて漬け込んだ逸品です。
なすの紫色・菊の黄色・唐辛子の赤色が調和した目にも鮮やかな漬物で、慶事に欠かせないというのもうなずけます。
漬け込みに米を用いるため「すし」の名が付いていますが、まさしく「なすの飯ずし」ともいえそうな調理法です。
かつては長期保存のために強く塩を当てていましたが、現在ではよりマイルドな味付けへと変化しています。

















