
2回とも短い命……悲運の特急列車「あおば」【宮城県】
JRの前身にあたる国鉄がまだあった時代に「あおば」という愛称の特急列車が、2度登場しました。
「あおば」の由来は仙台城の別名である青葉城であり、仙台に縁のある列車だということがとてもわかりやすい愛称だったといえます。ところが「あおば」は2回とも運行された期間の短い列車となってしまい、現在は「あおば」という名前の特急列車は走っていないのです。
「あおば」とは?
特急列車の「あおば」が登場するよりも前に、急行「青葉」という列車が存在しました。主に東京都の上野駅と宮城県の仙台駅を東北本線経由(常磐線経由ではないというニュアンスです。なお、当時東北新幹線は開業していません)で結んでいた急行列車に対して、1950年に「青葉」という愛称がつけられたものです。
愛称の由来は当然のことながら、仙台城の別名である青葉城でしょう。

急行「青葉」は、登場後に運行区間が延長されたり、使用する車両が変更されたり、夜行列車に変わったりといった変遷を遂げています。また「主に上野駅と仙台駅を結ぶ」と書きましたが、実際には秋田駅発着や会津若松駅発着などの車両も時期によって連結されたりしていました。
その後、1965年に「青葉」の運行区間が盛岡駅まで延長された上で、愛称が「きたかみ」に変更される形で「青葉」は消滅しています。愛称がつけられてからはわずか15年での消滅となりましたが、この後登場する特急の「あおば」はもっと短命なのです。
なお「きたかみ」という愛称の急行列車もこの後に再び登場します。しかし、上野駅~盛岡駅間を結んでいた「きたかみ」の愛称は、1968年10月のダイヤ改正で急行「いわて」に編入・改称される形で消滅しているので、後に登場する「きたかみ」とは全く関係がありません。
そして1971年に特急列車の「あおば」が登場します。運行区間は仙台駅から秋田駅まででした。
2度目の特急「あおば」の登場は、1982年6月の東北新幹線開業時です。この時点で開業した区間は大宮駅から盛岡駅までで、各駅に停車する「あおば」と、途中通過する駅がある速達タイプの「やまびこ」の2種類の列車が設定されたのです。
なお、今日では新幹線の列車のことは単に「新幹線」と認識されることが多く「特急列車」として意識することはあまりないかもしれません。しかし、新幹線の列車も特急列車の一環です。
ただし、区別をしやすくするために、以後は仙台駅と秋田駅を結んでいた特急を”特急「あおば」”、東北新幹線の「あおば」を”新幹線「あおば」”と記します。
特急「あおば」

著作者:Spaceaero2 – 自ら撮影, CC 表示-継承 3.0,
https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=2002979による
特急「あおば」は1971年3月20日に仙台駅と秋田駅を結ぶ臨時特急列車として運行を開始しました。東北本線・北上線・奥羽本線経由での運行で、経由する主な駅は岩手県の北上駅、秋田県の横手駅、大曲駅となります。
当初は臨時列車だったものの、1年後の1972年3月には定期列車(原則として毎日運転する列車)に昇格します。
特急「あおば」には短命だったこと以外にもいくつか特徴があります。まずは、東北地方の中で完結する列車としては初めての特急列車、および北上線を通る初の特急列車だったことです。「あおば」の登場以前から「東北地方の中で完結する急行列車」や「他の地方と東北地方を結ぶ特急列車」は存在しましたが「東北地方の中で完結する特急列車」は存在しませんでした。
また、もう1つの特徴は短命だった要因にもかかわってくることで、それは「別の特急列車に使う車両を使い回して運行されていた」ことです。
「あおば」は、当時東京駅・上野駅と秋田駅を結んでいた特急「つばさ」(現在の山形新幹線の「つばさ」ではありません)の存在なしには成立しない特急列車でした。
(「つばさ」の詳細は下記の記事をご覧ください)
1972年3月の時刻表を参照すると、東京駅を7時20分に出発する「つばさ1号」は、上野・福島・山形といった駅を経由して、15時10分に秋田駅に到着します。
そして「つばさ1号」として到着した車両は、翌日上野に戻っていくのですが、秋田の車庫で待機し続けることはしません。「あおば」として17時30分に秋田駅を出発し21時20分に仙台駅に到着します。なお、途中の停車駅は大曲、横手、陸中川尻(現:ほっとゆだ)、北上、一ノ関、小牛田でした。
翌朝再び「あおば」として8時ちょうどに仙台駅を出発し、秋田駅には11時50分に到着します。そして「つばさ2号」として13時25分に秋田駅を出発、21時9分に上野駅に到着するという長い旅に再び出るのです。
このように、車両を主要な用途の合間に別の列車に使い回すことを「間合い運用」といいます。
この時代には間合い運用によって生まれた特急列車がいくつか存在します。例えば、現在は常磐線の看板列車ともいえる存在になっている特急「ひたち」も、1969年の登場時は特急「いなほ」(当時は上野駅~秋田駅間の運行)の車両を間合い運用していました。
「あおば」が当初臨時列車として設定されたのは、旅客からの需要に応える形で設定されたのではなく、車両を間合い運用したいという供給側の都合で設定された列車だったから、試験的に運行してみたからだと推測されます。そしてわずか1年後に定期列車に昇格したのは、運行してみたらたちまち人気が出たためなのでしょう。
「つばさ」と「あおば」に使用されていた車両はキハ181系気動車といいました。気動車とは(主に)軽油を燃料として走る車両です。外部から電源を供給しなければ(基本的には)走れない電車と異なり、電力設備がない非電化の路線でも走れます。1970年当時は「つばさ」の経路に非電化の路線があったので「つばさ」は気動車で運行されていたのです。また「あおば」が経由する北上線(北上駅~横手駅)は現在も非電化ですが、気動車ならば何の問題もなく運行できます。
ところが「あおば」の運行開始から4年後の1975年に状況が一変します。10月に奥羽本線の電化が完了したため、11月25日からは「つばさ」の使用車両がキハ181系気動車から、485系電車に変更されることになったのです。

「あおば」は「つばさ」用の車両を間合い運用することが前提で成立していた列車でしたが、485系電車は気動車と違って非電化の北上線を走行できないので「あおば」を間合い運用によって運行することはできません。そのため誕生からわずか4年で「あおば」はあっけなく廃止されることになってしまったのです。
特急「あおば」が走っていた時間帯には、代わりに急行「きたかみ」が設定されました。「きたかみ」は「あおば」の登場以前より設定されていた、仙台駅と青森駅を秋田駅経由で結んでいた列車です。後に仙台駅と秋田駅を結ぶ(青森駅まで行かない)「きたかみ」も設定されており、「あおば」の廃止に伴って代わりに登場した「きたかみ」も「あおば」の運行区間を引き継ぐ形で仙台駅~秋田駅間での運行でした。
要は、特急「あおば」が急行「きたかみ」に格下げされたということになります。国鉄の歴史上、急行が特急に格上げされるという例は多々ありました。しかし、その逆はなかなか珍しいケースではないかと思います。
特急用と急行用の車両では、車内設備のグレードに結構な差があります(急行用の車両には冷房がついていないことすら一般的でした)。また、特急「あおば」の仙台駅~秋田駅間の所要時間は3時間50分でしたが、急行「きたかみ」は4時間10分程度かかっており、若干所要時間が増加しています。「あおば」が廃止されたことによって、サービスのレベルが低下してしまったことは否めないでしょう。
「あおば」が廃止されたことにより、北上線には(別の路線が被災したときなどの迂回経路になった場合を除けば)特急列車がない状態がしばらく続くことになります。以後北上線を所定の経路として走行した定期特急列車は、1996年3月から1年間だけ運行された特急「秋田リレー」のみです。
この「秋田リレー」は、秋田新幹線を開業するための工事に伴い、田沢湖線という路線が使えなくなったために設定された列車で、北上駅と秋田駅を北上線経由で結んでいました。
設定された目的が目的なだけに、1997年3月の秋田新幹線開業に伴い「秋田リレー」は廃止されました。以後、北上線に定期特急列車が設定されたことはありません。
また急行「きたかみ」も1982年に快速列車への格下げと運行区間の北上駅~湯沢駅間への変更がなされており、後に快速「きたかみ」も廃止されています。
もっとも「あおば」が担っていた仙台駅と秋田駅を直結する輸送については、現在は秋田新幹線「こまち」によって行われています。「こまち」は仙台駅と秋田駅を2時間強で結んでおり(列車によって多少異なります)、特急「あおば」や急行「きたかみ」の時代とは比べ物にならないほどの所要時間短縮が実現しているのです(※)。
※所要時間が短縮されたことは、仙台駅~秋田駅間に限ればその通りなのですが、例えば北上駅~秋田駅間ではどうなのか、といった異論はあります。
新幹線「あおば」

1982年6月23日に東北新幹線の大宮駅~盛岡駅間が開業。当初設定された列車の愛称は「やまびこ」と「あおば」の2種類でした。7年ぶりの「あおば」復活です。
基本的には「やまびこ」は大宮駅から盛岡駅までの全区間を走破し、途中宇都宮、郡山、福島、仙台と、仙台から盛岡までの各駅、古川、一ノ関、北上に停車していました(くりこま高原、水沢江刺、新花巻の3駅は当時未開業)。上野駅~盛岡駅間を結んでいた東北本線の特急「やまびこ」の愛称が東北新幹線に持ち上がってきた形です。
一方新幹線の「あおば」は、大宮駅から仙台駅までの各駅に停車していました。仙台駅を始発・終着とする列車で、過去に運行されていた急行「青葉」の運行区間とも近い列車なので、この愛称がつけられたのだと推測されます。
同年11月15日のダイヤ改正では、大宮駅~那須塩原駅(栃木県)間で運行の「あおば」なども登場しますが、基本的には東北新幹線の各駅に停車する列車は「あおば」の名を冠することとなりました。
ところが1987年に国鉄からJR各社への分割民営化がなされて、東北新幹線の運営をJR東日本が引き継ぐと、状況が変わっていきます。
まずは1995年に、東北新幹線の各駅に停車するタイプの列車の内、東京駅~那須塩原駅間で運行される列車に対して「なすの」または「Maxなすの」という新しい愛称がつけられます(Maxは、1994年に登場した全車両が2階建ての列車につけられていました)。
これ以前は仙台まで行かない列車でも、仙台城にちなんだ「あおば」という愛称を名乗っていました。那須塩原駅止まりの列車に新しい愛称をつけたことは妥当といえるでしょう。その後さらにJR東日本は、停車駅の多い少ないよりも、列車を運行する区間に基づいて、新幹線の列車愛称をつける方針に転じていきます。
那須塩原駅止まりの列車については既に「なすの」「Maxなすの」に改められていましたが、1997年10月1日のダイヤ改正に伴い、仙台の方まで行く列車についても、通過駅の有無にかかわらず「やまびこ」または「Maxやまびこ」という愛称がつくことになりました。
これに伴い「あおば」および「Maxあおば」の愛称は消滅しました。特急「あおば」ほど短命ではなく、東北新幹線から「あおば」のような各駅に停車するタイプの列車が消滅したわけでもありませんが、とにかく「あおば」の愛称は15年で消滅ということになったのです。15年が短いかどうかは議論の余地があるかもしれませんが、新幹線の愛称変更の頻度は在来線の列車と比べると低いことを考慮すれば、十分に短命といえるのではないでしょうか。
新幹線においても、列車の愛称が変わることは時々あります。たとえば「Maxやまびこ」は2階建て車両の引退に伴い消滅しています。ただし「やまびこ」は今も現役の愛称です。
他にもE6系という電車がデビューした2013年3月から1年間だけ「スーパーこまち」という列車愛称も存在しましたが、1年経過後に「こまち」に変更された後「こまち」やE6系は現在も活躍しています。
これに対して「あおば」は新幹線の愛称としては珍しく、現在跡形もなく消滅している愛称になってしまいました。同様の愛称は、上越新幹線の速達タイプの列車愛称だった「あさひ」以外に存在しません。
なお「あさひ」が廃止されたのは、北陸新幹線の「あさま」と紛らわしいという理由でした。乗客ばかりか、JRの社員が間違える可能性すらあったようです。「あさひ」の廃止に伴い、廃止されていた「とき」(「あおば」と似たような経緯で廃止されていました)が復活登板しています。
「あおば」は廃止されたものの、ときどき「想い出のあおば」「なつかしのあおば号」といった名前で、東北新幹線に臨時列車が運行されています。仙台城にちなんだ愛称に人気があるとか、廃止されてしまった愛称が惜しまれているといった要因があるのでしょう。

今後、東北新幹線を取り巻く環境が変化するとき、例えば北海道新幹線が札幌まで全線開業するときなどに、新しい愛称をつける必要が生じれば、再び仙台城にちなんだ愛称の「あおば」が日の目を見ることも、もしかしたらあるのかもしれません。
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