郡山空襲が行われた日(福島県)
昭和20年(1945年)4月12日、数十機のB-29爆撃機の編隊が来襲し、各種軍需工場をはじめ近隣の国鉄郡山駅周辺まで被害を受けました。この空襲で460人の死者が出たとされています。
都市名の中に「郡山」の文字が確認できるアメリカ軍による空襲予告の伝単(出典:Wikipedia)
郡山市は当時、多くの軍事施設を抱える軍都であり、多数の軍需工場も抱えていたことから、1945年(昭和20年)4月12日、7月29日、8月9日、10日の計4回も空襲と標的となっています。
4月12日の空襲が最も被害の大きかったとされています。
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