正月料理

東北地方の正月料理|豪雪に育まれた「祝いの保存食」

正月と聞くと多くの人は豪華な食事を思い浮かべるでしょう。

しかし東北地方の特に豪雪に見舞われる地域において、正月の食卓は単なる「贅沢」ではありませんでした。


東北地方の正月料理の「保存食」としての役割

雪国の冬は積雪によって人の移動が制限され、畑も山も川も使えなくなり、流通も未発達だったため、新たな食料を得ること自体が難しくなります。

冬は「食料を得る季節」ではなく、秋までに用意した食料を「計画的に消費する季節」だったと言えます。

このような理由から東北地方の正月に並ぶ料理は「保存できたから残った食材」であり「正月に食べるにふさわしいと考えられた食材」でもありました。つまり正月料理には保存性と縁起性が同時に求められていたのです。


「魚」の正月料理


ハタハタ

ハタハタ
ハタハタ

山形県の庄内地方と秋田県沿岸ではハタハタが多く獲れます。特に秋田県では民謡「秋田音頭」にも「ハタハタなしでは正月を迎えられない」と歌われるほど県民生活に深く根づいています。

ハタハタずし(秋田県)
ハタハタずし(秋田県)

その中でもハタハタずしは、ハタハタを発酵させて保存することで冬を通して食べられるようにした料理で、秋田の正月を代表する祝いの料理として位置づけられています。


鮭(しゃけ)

新巻鮭(あらまきざけ)
新巻鮭(あらまきざけ)

秋口に漁獲した鮭(しゃけ)を酢締めやしょうゆ漬け、塩引きにして保存したものを利用する料理がよく見られます。

氷頭なます(岩手県)
氷頭なます(岩手県)

青森県の「鮭の飯ずし」、岩手県三陸沿岸地域の「氷頭なます」、福島県の阿武隈川沿岸の「紅葉漬け」等が正月の定番です。


鱈(たら)

真鱈(マダラ)
真鱈(マダラ)

東北の冬の代表的食材ともいえる鱈(たら)は、内陸部では乾燥させて長期保存を可能にした棒鱈(ぼうたら)を煮物に、沿岸部では水揚げされた新鮮なものを汁物にして利用することが多いようです。

棒鱈煮(福島県)
棒鱈煮(福島県) 出典:農林水産省ウェブサイト – ぼうたら煮

煮物では棒鱈をじっくり煮込んだ「棒鱈煮」が東北各地で見られ、汁物では青森県の「じゃっぱ汁」、秋田県の「鱈汁」、山形県の「どんがら汁」などが、海の近い沿岸地域の郷土料理として残っています。

鱈は「鱈腹(たらふく)食べる」の語呂で、一年の食の安泰を願う縁起物でもあります。


どんこ

どんこ(エゾアイナメ)
どんこ(エゾアイナメ)

北海道の函館周辺から福島県浜通り地方の沿岸に生息している魚で、正式名称は「エゾイソアイナメ」。

どんこ汁(宮城県)
どんこ汁(宮城県)

主に岩手県・宮城県・福島県の太平洋側地域で冬の味覚「どんこ汁」として食されています。


鮫(さめ)

アブラツノザメ
アブラツノザメ

青森県の津軽地方では縄文時代からサメが食べられていたことが遺跡の発掘調査から判明しており、地元の食文化と切っても切れない関係。

鮫のすくめ(青森県)
鮫のすくめ(青森県) 出典:農林水産省ウェブサイト – 鮫のすくめ

飯すしや刺身、お吸い物、なます、煮付けなどさまざまな方法で食されますが、正月には「鮫のすくめ」という、サメの頭をゆでて熱いうちに身をほぐし、酢味噌で味付けしたものが食されます。


エイ

水揚げされたエイ
水揚げされたエイ

東北地方の日本海側では、北前船によって運ばれてくるエイの干物を保存のきく海産物として食する伝統がありました。

からかい煮(山形県)
からかい煮(山形県)

秋田県ではエイの干物を甘辛く煮た料理「かすべ煮」、山形県ではエイのヒレの軟骨部分を乾燥させた乾物「からかい」の「からかい煮」が、正月やお盆などのハレの日の行事食として長年親しまれています。


鯉(こい)

鯉(コイ)
鯉(コイ)

鯉(こい)は主に山形県米沢市と福島県郡山市で親しまれる食材で、米沢では江戸時代に米沢藩9代目藩主・上杉鷹山公が、内陸部での貴重なたんぱく源確保の為の水産資源として鯉の養殖をはじめ、郡山では明治時代に安積疎水の完成によって不要となった溜め池の活用策として鯉の養殖が始まったとされています。

鯉のうま煮(山形県)
鯉のうま煮(山形県)

「鯉こく」「鯉のあらい」「鯉のうま煮」などが冠婚葬祭や正月のおせち、もてなし料理として供されていました。


「野菜・果物・豆類」の正月料理


干し柿
干し柿

砂糖が貴重とされていた時代に甘いお菓子の代わりとして親しまれていた「柿」も、干すことで長期保存を可能にし、厳冬期の栄養源として重宝されました。

あんぽ柿のなます(福島県)
あんぽ柿のなます(福島県) 出典:農林水産省ウェブサイト – あんぽ柿のなます

福島県で正月や祝い事の際に食される「あんぽ柿のなます」は、皮をむいてから天日干しにした柿に水気を抜いた大根、にんじんを酢と砂糖で和えて作られます。紅白の色合いから「家内安全」「めでたさ」といった意味が重ねられます。


大根

大根は収穫と同時に天日干しにして乾燥させることで「干し大根」として、または寒さを利用した天然のフリーズドライ製法で作られる「凍み大根」として長期保存を可能にして、冬場の貴重な食料として活用されました。

天日干しにされる大根
天日干しにされる大根

しかし秋田県の内陸南部地域では、晩秋から冬にかけて降雨と降雪が多くなり、日照時間も減ることから、天日干し大根が十分乾燥しないまま氷点下になることが多い地域でした。

いぶりがっこ(秋田県)
いぶりがっこ(秋田県)

こういった環境から屋内の囲炉裏の上で大根を干し、熱と煙で干すことにより大根の保存性を高めようとしたことで誕生したのが「いぶりがっこ」です。地域を取り巻く環境の必然性から生まれた郷土料理といえます。


にんじん

人参
人参

人参も大根と同様に乾燥させることで長期保存を可能にして、冬場の貴重な食料として活用されました。

いかにんじん(福島県)
いかにんじん(福島県)

現在は通年で販売されている福島県の「いかにんじん」も、もともとは冬に保存食として作られていて、正月に欠かせない郷土料理としても親しまれています。また、青森県の正月に欠かせない「たらの子和え」もタラコに人参を和えて作られます。


豆類

豆類も乾燥させることで長期保存が可能になり、味噌汁の具や煮物などに利用されました。

青大豆
青大豆

乾燥大豆を木槌などでつぶして扁平にした「打ち豆」は、北陸から東北(特に日本海側)の広い範囲に伝わる保存法で、あらかじめ潰してあることから吸水・加熱が早く、だしが出やすいという知恵の詰まった郷土食です。

豆数の子(福島県)
豆数の子(福島県)

福島県会津地方の正月の膳に並ぶ「豆数の子」は、乾燥させた青大豆と塩抜きした数の子を合わせた料理で、豆は「まめに働く」「健康に暮らす」という願いが託され、数の子は「子孫繁栄」を象徴する縁起物です。


その他の正月料理


けの汁(青森県)

けの汁(青森県)
けの汁(青森県)

青森の方言で「粥(かゆ)」のことを「け」と言うことから「粥の汁(かゆのしる)」が訛って「けの汁」になったと言われます。

米が貴重だった時代に野菜などの具材を細かく刻んで煮込み米に見立てて食べたなど、その起源には諸説ありますが、栄養豊富な冬の保存食として重宝され、現在に至ります。


まめぶ汁(岩手県)

まめぶ汁(岩手県)
まめぶ汁(岩手県)

「まめぶ汁」は岩手県久慈市周辺に伝わる郷土料理で、煮干しと昆布のだし汁にゴボウ・にんじん・油揚げ・しめじ・かんぴょう・焼き豆腐を加え、醤油で味を整えた後、「まめぶ」と呼ばれる小麦粉にくるみと黒砂糖を包んだ団子を入れて煮込んで作ります。

汁の塩気と黒砂糖の甘みが同時に楽しめる独特な味が特徴で、冠婚葬祭やお正月などの行事食として食されます。


仙台雑煮(宮城県)

仙台雑煮(宮城県)
仙台雑煮(宮城県) 出典:農林水産省ウェブサイト – 仙台雑煮

「仙台雑煮」は江戸時代末期から仙台藩で食されていて、大きな焼きハゼとイクラ、仙台せり、そこに大根、人参、ごぼうでつくられる「おひきな」が加わる、彩りが美しい豪華なお雑煮で、仙台市街地周辺では正月三が日はこの雑煮を食べるのが一般的といわれています。


おひら(福島県)

おひら(福島県)
おひら(福島県) 出典:農林水産省ウェブサイト – おひら

福島県南会津郡の只見町周辺に伝わる郷土料理で、焼き干しにしたハヤに、山芋やごぼう、まいたけや昆布、厚揚げなどを加えた煮物。平たいお椀に盛りつけて提供されることから「おひら」という名が付いたといわれています。

日本有数の豪雪地帯である只見町で、雪に閉ざされる期間に長期保存のきく食材を有効活用して作られる見た目にも豪華な正月料理です。


ひょう干しの煮物

ひょう干し煮(山形県)
ひょう干し煮(山形県) 出典:農林水産省ウェブサイト – ひょう干し煮

山形県の置賜地域や村山地域に伝わる保存食「ひょう干し」

ひょうとは「すべりひゆ」の別名で、日本の他の地域では雑草として扱われることが多い植物ですが、江戸後期に米沢藩9代目藩主・上杉鷹山公が飢饉に備えてまとめた救荒作物図鑑「かてもの」にも記載されていることから山形県では古くから食材として認識されていたことが窺えます。

そんな「ひょう干し」を、こんにゃくや油揚げ、打ち豆などと一緒に炒め煮にした「ひょう干し煮」は、正月料理として欠かせない一品です。


ナメタガレイの煮つけ

カレイの煮つけ
カレイの煮つけ

ナメタガレイは、他の地域では婆婆鰈(ババガレイ)と呼ばれるカレイで、ヌメリが多いことから滑多鰈と書いてナメタガレイと呼ばれています。

12月頃から生息域の北海道から仙台湾のあたりに南下してくるため、宮城県や岩手県、青森県八戸市の一部で、大晦日の風物詩になっているようです。

宮城県ではナメタガレイを切り身にして煮つけるのが一般的で、付け合わせにわかめや細切りにしたしょうがを添えて食されます。


参考サイト:農林水産省 – うちの郷土料理


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