近藤勇墓所入口

板橋は、江戸時代に品川と並んで栄えた宿場町です。今回は、その板橋のJR板橋駅東口からスタートして、近藤勇、土方歳三、永倉新八の墓がある新選組慰霊碑、旧中山道、縁切り榎までの幕末歴史散策です。さぁ、出発しましょう!

新選組慰霊碑を建立したのは、あの永倉新八!

JR板橋駅東口を出て、ほぼ、正面に位置しています

JR板橋駅東口改札を出て、正面左手にあるのが「新選組隊長・近藤勇墓所」です。幕末の慶応4年(1868)、流山で捕らえられた近藤勇は板橋宿に置かれていた新政府軍の本陣に送られて、こちらの墓所の近くで斬首されました。首は京都に送られ、遺体は、こちらで埋葬されたのです。

近藤勇と土方歳三の墓

この地に、新選組慰霊碑を築いたのは、かつての新選組隊士で、副長助勤の永倉新八によるものです。永倉新八は鳥羽伏見の戦いの後、北海道の松前藩にかくまわれて、小樽の地で杉村義衛と名前を変えて明治時代を生きていきます。

その永倉が発起人となり、明治9年(1876)5月に建立したのが、正面には近藤勇と土方歳三の墓と記された、新選組隊士の慰霊碑なのです。高さは3.88m、幅は0.45m、奥行きは0.43mの墓碑の側面には110名もの新選組隊士の名前が刻まれています。永倉新八は、新選組の名誉回復のために、旧幕臣たちを訪ね、徳川幕府から明治新政府にも仕えた医師・松本良順の賛同を得て、この地に新選組の墓碑を残したのです。

ちなみに、建立されてから、今に至るまでずっと、地元の人たちに愛されていて、近藤勇の命日である4月25日には供養祭が行われています。

永倉新八の墓

永倉新八が建立した、近藤勇と土方歳三の墓を兼ねた新選組隊士の慰霊碑の左隣に、大きくそびえているのが永倉新八の墓です。永倉新八の墓が、こちらに建てられたのは昭和4年(1929)4月に行われた改修工事の後だそうです。その時に、永倉新八の遺言によって、自身の遺骨の一部と遺髪が、ここに埋められたとのことです。 新選組についての史実は、永倉新八が長生きしたことで、伝わっていることも多いかと思います。

近藤勇の像

近藤勇像の裏にあるのが、埋葬当初の墓石です

ただの岩が置かれています。これが、近藤勇の墓石です。この近くで首を斬られて、首は京都に送られて、胴体は、ここに埋められたと言われています。新選組は、幕府の組織に組み込まれた京都の治安を守るための組織の一つでした。近藤勇は、幕府崩壊の前には幕臣として取り立てられてもいたのです。その場石が、ただの岩ということに、かつての幕臣たちは思うところがあったのではないでしょうか。永倉新八が、動いたのも、この墓石では、あまりに近藤勇が、そして彼とともに生きてきて自分たちが浮かばれないと思ったのではないでしょうか。

近藤勇石板

近藤勇墓所内の中で、最も新しいのが、近藤勇の123回忌記念として行われた平成2年4月25日の供養祭で建立された、近藤勇の石板です。

INFORMATION

名称 新選組慰霊碑
所在地 東京都北区滝野川7-8-10
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縁切り榎は、皇女和宮も避けたパワースポット!

旧中山道の宿場町の一つ「仲宿」

新選組慰霊碑から、旧中山道を歩いていくと、にぎやかな商店街がずっと続いています。これこそが、かつての「板橋宿」です。今も長い商店街が続いていますが、仲宿商店街まで歩いていくと、今の板橋区の名前の由来となった橋が見えてきます。

板橋区の由来となった、石神井川にかかる「板橋」

石神井川にかかっている橋、これが「板橋」です。諸説ありますが、板の端がかかっいたことから、それが地名となったと言われています。そして、この板橋から、下っていった先にあるのが、「縁切り榎」なのです。

江戸時代から悪縁を断つと言われてきた、縁切り榎

史跡として、整備されています

縁切り榎です。江戸時代から今もにかけても板橋区の超人気スポットです。江戸時代には、ここの榎は、悪い縁を断ち切って、良い縁を運んでくれるとして、信仰の対象となっていました。「縁切り榎」の前の道は、かつての中山道です。幕末に、皇女和宮が徳川家定の妻となるために、京都から中山道を江戸に向かっていた時、この絵菜切り榎は縁起が悪いとして、あえて避けて、遠回りをして江戸城に入ったとも言われています。

このガチャポンで、良縁に恵まれるのかも?

「縁切り榎」は、江戸時代から「悪縁を断って、良縁を結ぶ」スポットとして知られてきました。それは、今も同じです。願掛けの絵馬の奉納は、今も毎日のように行われています。絵馬は、近隣のにあるお蕎麦屋さんの長寿庵や、お米屋さんの大口米店などが窓口になっています。そして、開運グッズがゲットできるガチャポンも設置されています。ぜひ、トライしてみてください!

INFORMATION

名称 縁切り榎
所在地 東京都板橋区本町18-10
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いかがでしたか?

板橋は、新選組から皇女和宮まで、幕末の歴史の中で大きなイベントが起きたスポットです。散策すると、さまざまな発見があること間違いなしです!